当事者研究ブログ「大人の頭蓋骨縫合早期癒合症」

頭蓋骨縫合早期癒合症(軽度三角頭蓋)と高次脳機能障害(容量性注意障害)に関する当事者研究の記録です。言語性ワーキングメモリと日本語(右側主要部の規則)の関係、デフォルトモードネットワークの機能について研究しています。目的①頭蓋骨縫合早期癒合症を成人症例、生活史を記事としてまとめること。目的②特異的言語発達障害の当事者研究をもとに、日本語が日本人の思考に与える影響(サピアウォーフ仮説)を考察すること。

軽度三角頭蓋の手術を受けなかったことを後悔しないために 大人になっても頭蓋骨縫合早期癒合症の手術で治せる高次脳機能障害

キーワード:高次脳機能障害、軽度三角頭蓋、慢性頭蓋内圧亢進、精神運動発達遅滞、スキャモンの発育曲線、クリティカルエイジ、容量性注意障害、吻側前頭前野発達障害、弁蓋部、ミラーニューロン

序論

頭蓋骨縫合早期癒合症(以下、早期癒合症)慢性頭蓋内圧亢進に伴って発症する高次脳機能障害を、脳神経外科学は精神運動発達遅滞と規定しています。早期癒合症に対する外科治療に年齢制限を設定している根拠は、事実、精神運動発達遅滞を早期に解消することで予後が良好になるためです。

しかし、脳神経外科学の認識には軽度慢性頭蓋内圧亢進を考慮しない問題点が含まれています。脳神経外科学が病的と評価できる慢性頭蓋内圧亢進は、重度のみに限られており、軽度慢性頭蓋内圧亢進を病的と評価しません。そのうえ、同時に軽度慢性頭蓋内圧亢進に起因する神経症状である容量性注意障害を認知していないため、医学は病的と評価できず、「健常者」とみなします。

早期癒合症によって精神運動発達遅滞という重度の神経症状を抱えている場合、年齢制限の意図通り、すぐに治療するべきであると私は考えます。しかし、早期癒合症の外科治療に年齢制限を設定していること自体が、妥当性に欠けていると考える人は私以外にいないのでしょうか。

妥当性に欠けるといえる根拠は2つ挙げられます。まず、年齢制限が外科治療を受け付けないという不作為義務を示すためです。意味不明です。次に軽度慢性頭蓋内圧亢進に起因する容量性注意障害など、早期癒合症が引き起こす神経症状には、神経発達の影響を受けず、成人後の治療でも解消できる神経症状が含まれていることが推測できるためです。

この記事では、早期癒合症の手術対象の年齢制限の根拠を深堀するとともに、年齢制限が設定されていることを、この記事の中で批判します。

当ウェブサイトでは、早期癒合症に起因する症状の考察記事を投稿しています。 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

早期癒合症に対する手術の対象年齢制限

早期癒合症は小児慢性特定疾病に指定されています。現時点では、患児の症例のみであり、手術を受けた成人患者の症例はおそらく存在しません。なぜなら、早期癒合症の外科治療が、「重度の慢性頭蓋内圧亢進」という手術適応条件に加えて対象年齢制限を設定されているためです。

早期癒合症の病態が中等度あるいは典型例ならば、頭蓋形態は素人でもすぐにわかるほど変形しています。そのため、先進国であれば出産後ただちに手術が施されます。

頭蓋骨縫合早期癒合症は遅くとも1歳までに手術を行うとされている。*1

脳神経外科学一般による早期癒合症の治療方針では、対象年齢について1歳未満という基準を提示しています。しかし、この基準は提示されている数字に従う内容の規定ではなく、出生後すぐに外科治療を実施しなければならないという意図を示しています。

他方、軽症例に対する外科治療(軽度三角頭蓋の手術)の対象年齢について、原則9歳と下地武義先生は設定しています(2018年)。ただし、頭蓋内圧亢進が認められる場合は、年齢にかかわらず、手術を実施するという考えを提示しています。

実際は、軽症例が存在しますが、これを認めているのか認めていないのかはっきりしない態度であるうえ、軽症例を見過ごしてしまう。

気づかないまま大人になったら手術の効果はない?

2018年に発刊された、軽度三角頭蓋の外科治療を実施している下地武義先生の著書「三角頭蓋奮闘記 あきらめない この子たちに未来はある」は、先生の軽度三角頭蓋の患児に対する外科治療の軌跡と臨床研究に関する内容が記されています。軽症例の成人当事者である私にとって、当事者研究を実践する際にも参考になる重要な書籍です。

ISBN:4903948749:detail

この書籍の「推薦の弁」(すなわち下地先生が書いたものではない)のひとつに、以下のような文章があります。

子どもの発達障害で悩んでいる方々は一読される価値があります。希望が出てくるかも知れない。しかし、子どもが成長した後で読まれた方は悔いるかもしれません。もう少し早く知っていたら……と。*2

(元立正大学心理学部教授 柿谷正期氏による推薦の弁)

柿谷氏のコメントは、三角頭蓋で発症しうる「自閉症類似の神経症状」(詳細は後述)と精神発達遅滞(俗にいう知的障害)を幼少期のうちに解消しなければならないことを意味しています。反対解釈すると、「大人になってから外科治療をすると効果がなくなる」となります。

この柿谷氏のコメントは、早期癒合症の外科治療対象に年齢制限が設定されている根拠理論を代弁しています。その根拠理論に該当する、発達心理学による「スキャモンの発育曲線」を説明します。

スキャモンの発育曲線では、脳内の中枢神経系の発達のペースと年齢の相関関係も視覚化されています。幼少期であればあるほど中枢神経系の発達のペースが著しく高く、年齢を重ねるほどペースが落ち着いてくることが示されています。クリティカルエイジ、すなわち学習限界年齢について、例えば言語学では言語獲得の限界年齢が12歳であると言われています。

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ここでスキャモンの発育曲線に早期癒合症を当てはめます。すると、幼少期から早期癒合症に起因する高次脳機能障害を発症していることになります。神経系の発達とちょうど重なっています。

脳神経外科学が早期癒合症の対象年齢を1歳までと規定しているのは、神経系の発達の機会をより多く確保するためです。早く「外因」を解消し、高次脳機能障害の予後を良好にすることが脳神経外科学の狙いです。

反対に、早期癒合症を解消する時期が遅くなるとどうなるでしょう。神経系が発達するべきタイミングで高次脳機能障害が存在すると、神経系が発達しません。仮に10歳くらいで早期癒合症の外科治療を受け、精神発達運動発達遅滞の原因を解消したとしても、神経系の発達の機会は残りわずかとなるため、予後が不良になる確率が高くなります。

早期癒合症の神経症状は精神運動発達遅滞(知的障害)だけではない

早期癒合症の治療方針の中に年齢制限が設定されている根拠は、中等度から典型例程度の早期癒合症で大脳辺縁系の機能が低下することを把握しているためです。早期癒合症のうち中等度から典型例程度であれば、重度の慢性頭蓋内圧亢進を引き起こします。このとき悪影響が及んでいる脳部位は広範囲にわたり、年少の間に著しく発達する神経系に該当する脳部位が含まれています。それが大脳辺縁系と呼ばれる領域です。

早期癒合症が引き起こす神経症状として、脳神経外科学は精神運動発達遅滞と規定しています。精神運動発達遅滞とは運動機能の低下を伴う精神発達遅滞(俗にいう知的障害)です。

精神運動発達遅滞は、慢性頭蓋内圧亢進によって大脳新皮質大脳辺縁系が機能低下に陥って発症する神経症状です。言い換えると複数の神経症状の集まりともいえます。では、精神運動発達遅滞という包括概念を細分化し、含まれている神経症状を推察しているような研究はあるのかというと。脳機能はまだ解明できていないので、精神運動発達遅滞の細分化はとても難しいことでしょう。

早期癒合症が引き起こす神経症状について、脳神経外科学が精神運動発達遅滞しか把握していないことで発生する問題とは、軽度慢性頭蓋内圧亢進に起因する容量性注意障害を「健常者」として評価するという、誤った判断を下すことです。

慢性頭蓋内圧亢進の程度別の神経症

大前提として、病的と評価できる頭蓋内圧亢進について、脳神経外科学は致命的な重度のものに限定している一方で、軽度慢性頭蓋内圧亢進を度外視しています。具体的には、軽度慢性頭蓋内圧亢進は健常者でもなく、病的でもないという中途半端な状態のまま放置されている状態です。

早期癒合症が引き起こす慢性頭蓋内圧亢進は、狭小化した頭蓋骨からの圧迫、つまり脳の外側から圧迫される格好です。そのため、頭蓋内圧亢進が軽度であっても大脳新皮質は悪影響を受ける可能性が高く、重度に近づくほど内側の脳部位が悪影響を受ける可能性が高くなるといえます。

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慢性頭蓋内圧亢進の程度別で分けた、早期癒合症の症例で認められると推測できる神経症状と他覚所見はの一覧は以下の通りです(身体症状は割愛)。

  • 正常値(~10mmHg)
  • 軽度慢性頭蓋内圧亢進(11~15mmHg):指圧痕、くも膜下腔の狭小化が出現。神経症状は容量性注意障害。
  • 重度の頭蓋内圧亢進(16mmHg~):軽度慢性頭蓋内圧亢進の他覚所見に加えて、脳浮腫、うっ血乳頭が出現。神経症状は精神運動発達遅滞。

軽度慢性頭蓋内圧亢進が容量性注意障害を引き起こすメカニズムは、大脳新皮質が頭蓋骨による圧迫を受け、大脳皮質のうちの前頭前野に位置する吻側前頭前野の機能が低下したことによるものと推測できます。吻側前頭前野は、ワーキングメモリ(「脳内マルチタスク」)そのものを担っています。

吻側前頭前野は、集中力(実行機能)の形成を担うワーキングメモリネットワークを構成する脳部位のひとつです。容量性注意障害単体であれば選択性注意や持続性注意に問題はなく、高い集中力を発揮できます。このことから、ほかの脳部位(背外側前頭前野や前帯状回、前部帯状皮質など)の機能は低下していないと考えられます。

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三角頭蓋(軽度含める)の「自閉症的な神経症状」は発達障害か?

「三角頭蓋」とよばれる前頭縫合早期癒合症は、慢性頭蓋内圧亢進の程度に関係なく発症することがある特有の問題が存在します。それは変形した蝶形骨縁による局所的な脳部位への圧迫です。

圧迫される部位である弁蓋部には、運動性言語野が存在することは確実視されており、そのうえ、近年では認知的共感の形成にかかわるミラーニューロンが存在することが報告されています。

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国立特別支援教育総合研究所「知れば得する???脳科学自閉症―」から引用

下地武義先生が軽度三角頭蓋の臨床研究における2015年までの記録によると、「自閉傾向」が342例、「偏食」が73例となっています。偏食については、ASDでしばしば認められる特徴であり、知覚統合の困難性に起因する感覚過敏に由来する症状と解釈できます。

自閉症類似の神経症状が認められる症例では、上記の局所的圧迫という他覚所見が認められており、下地先生の臨床研究によると、局所的圧迫の解消と自閉症類似の神経症状の解消に因果関係が濃厚であるという結論に至っています。しかし、改善されない一部の症例が存在することも報告しています。

私見ですが、先述の神経発達理論「スキャモンの発育曲線」の内容は、弁蓋部の神経発達にも当てはまると思います。そして、自閉症類似の神経症状に限り手術後の改善度が不良となる症例が存在する原因は、その患者の神経発達の機会がすでに過ぎ去っていたことが想定できます。

三角頭蓋および軽度三角頭蓋で発症する自閉症類似の神経症状は、脳そのものの神経発達の問題ではなく外因によって発症するため、容量性注意障害と同じ、高次脳機能障害であるといえます。しかし、発症時期が神経系の急成長期であるため、その病態が継続することによって発達障害と評価できる状態になるといえます。

成人当事者に対する手術は無益ではない / 実施のメリット

成人当事者に対する手術で期待できる効果

早期癒合症の治療を成人患者に実施することで、頭蓋骨の整容と同時に期待できる手術の効果は以下の通りです。

  • 慢性頭蓋内圧亢進に起因する身体症状の解消
  • 容量性注意障害の解消

一方で、成人以降に早期癒合症の解消の手術を実施しても、確実に解消できるとはいえない神経症状は、精神発達遅滞や自閉症類似の神経症状です。精神発達遅滞と自閉症類似の神経症状を発症している早期癒合症の患児は、早期癒合症を解消するためには早急に外科治療を受け、神経発達の機会を多く確保するべきでしょう。

神経発達のタイミングや速さ、クリティカルエイジは人それぞれであるため、手術前に自閉症類似の神経症状を治療できるか否かを判定することは不可能です。すなわち、自閉症類似の神経症状が治癒できる可能性があるとみなすべきで、たとえば10歳を過ぎたことを根拠に自閉症類似の神経症状が治らない判断するべきではありません。

小児医学からの否定的見解を退けられる

早期癒合症の成人当事者に対し、開頭減圧術を行うべき根拠は、病理学的根拠だけではありません。軽度三角頭蓋の手術に対する否定説を一つ退けることが可能になります。

現在、軽度三角頭蓋の手術に対する批判は、様々な科目の医学関係者から上がっています。そのうちの一つである小児科学の否定説の内容は、軽度三角頭蓋の手術の対象年齢が幼年であることに対する批判です。詳細は以下の「軽度三角頭蓋の手術をめぐる論争」の記事をご覧ください。

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臨床研究としての性格を持つ軽度三角頭蓋の手術を、成人患者に対して行うようにすれば、少なくとも小児科学の否定説を退けられます。なぜなら、患児に対する場合とは異なり、手術の承諾を成人患者本人に求めることが可能だからです。

軽度三角頭蓋を含める軽症例は、典型例とは異なり精神運動発達遅滞に至らず容量性注意障害でとどまる症例が多いです。精神医学および法学的観点に基づき、その患者が十分な意思能力を持っていると結論付けられます。

患者が成人であれば、本人の承諾を求めることが可能になり、保護者の代諾は必要ありません。すると、小児科学からの非難を退けることが可能になります。

軽度三角頭蓋の「コントロール研究」が実施可能になる

軽度三角頭蓋の外科治療の是非をめぐる論争において展開されている批判の一つに、「コントロール研究」が不十分であることが挙げられています。コントロール研究とは、治療例と未治療例の比較や、治療実施するまでの期間における患者の容態と治療後の容態の比較観察を行う研究です。これを実施することで、軽度三角頭蓋と精神症状の因果関係や、外科治療の効果を実証できるというのです。

軽度三角頭蓋の臨床研究において、未治療例や「治療実施するまでの一定期間における患者の症例」の考察が、コントロール研究であると認められる件数を満たしていないと指摘されています。下地先生も、これらの例を確保することの必要性を言及しています。

しかし、医師にとっては、患者の治療が最優先になります。例えば、重症の精神症状(夜驚症など)を抱えている患児の親は、治療の必要性を認識しています。親から治療の依頼を受けた際には、未治療例の確保は当然ながら不可能ですし、「治療実施するまでの一定期間における患者の症例」の確保も困難になることは想像に難くありません。というのも、コントロール研究が認められる、「治療実施までの一定期間」とは、半年程度だからです。

これは私の考えですが、患児を用いたコントロール研究が困難であれば、成人当事者を用いたコントロール研究を実施するべきだと思います。 

精神運動発達遅滞や慢性頭蓋内圧亢進の病理解明のために必要不可欠

これまで脳神経外科学一般で実施されてきた早期癒合症の臨床研究では、典型例しか症状に関する情報を収集していません。症状が重く、広範囲にわたる脳部位の機能低下が発生している典型例でみられる身体症状及び精神症状は「包括的」であるため、症状の細かな分析は不可能です。

典型例とは異なり、頭蓋内圧亢進症状および高次脳機能障害が一部の出現にとどまっている軽症例であれば、症状の程度と発症する症状の相関関係を考察できます脳神経外科学一般の臨床研究と比較すると、下地先生が実施してきた軽症患者に対する臨床研究は、精緻性に勝っており、早期癒合症の病理解明を実現できると評価できます。

あとは、神経心理学認知心理学といった先進的学術を用いたアプローチを利用することで、早期癒合症の病理解明が実現するでしょう。

成人患者本人にとっても外科治療の実施が強い願望であり、そして臨床研究で軽症例から病理に関する仮説の形成が可能になるので、成人当事者に対する開頭減圧術の施行は、患者と研究者の利害が一致するのです。

*1:下地 p.26

*2:下地武義 三角頭蓋奮闘記, 諏訪書房, 2018, P. 198