「軽度発達障害児における眼疾患の検討」で記載されたデータを参照しながら、斜視と「軽度発達障害」の関係性について考察しました。(キーワード:頭蓋内圧亢進、早期癒合症、グレーゾーンとは、容量性注意障害 )
- 序論
- 斜視と「軽度発達障害」の関係についての先行研究
- 「軽度発達障害」の意味
- 斜視は「軽度発達障害」との因果関係をもたない
- 斜視と精神症状を引き起こす「頭蓋内圧亢進」
- 頭蓋内圧亢進が斜視を引き起こす病理(外転神経麻痺)
- 頭蓋内圧亢進による精神症状
- 早期癒合症には軽度のものが存在する
- 斜視と併発する「軽度発達障害」の正体:容量性注意障害
- 容量性注意障害は発達障害ではない
- 斜視の種類は問わない
序論
- 頭蓋内圧亢進時に、斜視と精神症状が併発する。
- 頭蓋骨縫合早期癒合症(以下、早期癒合症)は、基準値以上の頭蓋内圧亢進を引き起こす。
- 軽度の早期癒合症は、基準値以上の頭蓋内圧亢進を引き起こさない。しかし、脳組織への圧迫は存在しており、これが大脳皮質の機能低下、および斜視を併発させる。
- 斜視と併発する「軽度発達障害」(グレーゾーン)とは、「大脳皮質の機能低下」に該当する容量性注意障害である。そして、容量性注意障害は高次脳機能障害であり、発達障害ではない。
斜視と「軽度発達障害」の関係についての先行研究
斜視と発達障害の関係について言及している研究は、過去に行われています。その研究が以下のものです。
この研究では、「軽度発達障害を抱える人物に斜視が併発する確率が高い」という結論を、統計データから導き出しています。
「軽度発達障害」の意味
この言葉と同じ使われ方をしている概念として、「グレーゾーン」や「特定不能の広汎性発達障害」などの表現が存在します。
実は、DSM-5による精神障害概念ガイドラインには、これらの概念は存在しません。ですので、精神科においても正式な診断として用いることはできないはずです。
厳密にいえば、定義づけられている発達障害ではない精神症状を指します。すなわち、ADHDや自閉症スペクトラム障害、学習障害といった精神障害には当てはまらない精神症状、あるいは症候群が、「軽度発達障害」に代表される不特定概念を用いて説明されています。
斜視は「軽度発達障害」との因果関係をもたない
先に結論を言うと、斜視が「軽度発達障害」を引き起こすだとか、あるいはその逆のことは、ありえません。
たとえば、株式会社Litalicoのウェブサイトでは、上記の論文をベースに斜視と発達障害の関係について言及している記事があります。
発達障害の特徴を示す子どもの中には、キャッチボールが苦手だったり集中力が続かなかったりという症状を持つ子もいます。このような症状には、斜視を含めた目の病気が隠れていることもあります。
斜視には遠近感や立体感をつかみづらいという症状があります。遠近感がうまくつかめないと、ボールはキャッチできません。物が二重に見えたり立体感がつかめなかったりすると、折り紙やお絵かきも疲れてしまいます。二重に見えることで、学習障害(LD)に見られる文の読み書きの苦手も起こります。
斜視を含めた目の病気には「見る力」を弱めてしまうものもあります。斜視であっても視力は良いというケースも珍しくありません。
もちろん、発達障害による症状と斜視を含めた目の病気による症状が混在していることもあります。発達障害のある子どもの困難に、目の病気が関わっている可能性があることも見過ごせません。
この記事の中には、「学習障害にみられる文の読み書きの苦手」という表現を用いた意図は不明確ですが、これは誤解を生みやすい表現です。
注意するべきことは、「斜視による文の読み書きの苦手」は「学習障害」ではないということです。本来ならば「文の読み書きの苦手という学習面での悪影響」というべきでしょう。
たしかに、斜視による二次障害(眼精疲労など)により学習能力などの低下が起きる可能性は十分にあります。しかし、それは単なる悪影響であり、発達障害とは全く異なります。
「斜視が発達障害を引き起こす」という現象は病理学的にも考えられません。
斜視と精神症状を引き起こす「頭蓋内圧亢進」
これまでは、斜視だから「発達障害」になるとか、「発達障害」だから斜視になるという因果関係はあり得ない、という内容でした。しかし、精神症状と斜視の併発率が高いという研究結果があることから、斜視と「軽度発達障害」の関係の存在を否定できません。
実際、医学的にエビデンスとして認められている、精神障害と斜視の両方を発生させる「現象」があります。
それは、頭蓋内圧亢進です。
頭蓋内圧亢進が斜視を引き起こす病理(外転神経麻痺)
斜視には、視神経の麻痺によって発生する麻痺性斜視が存在します。
視神経は、脳内の長い距離を走る運動神経です。ゆえに脳内環境の変化の影響を最も受けやすい運動神経なのです。頭蓋内圧亢進のような脳内部の圧力が上昇すると状態ですので、視神経が圧迫される、というのは想像に難くないでしょう。
頭蓋内圧亢進を引き起こす症例の一つに、脳内出血(脳卒中)が挙げられます。このとき意識障害と同時に、内斜視も現れます。頭蓋内圧亢進によって、圧迫された外転神経が麻痺するためです。これを外転神経麻痺といいます。
ちなみに手術で頭蓋内圧亢進が解消されると、麻痺していた視神経の機能が回復するので、意識障害とともに外転神経麻痺も根本的に治癒します。
頭蓋内圧亢進による精神症状
頭蓋内圧亢進の状態が突然発生するか、あるいは常にその状態であるかによって、出現する精神症状の名称が異なります。二つとも本質(病理)は同じです。
急性頭蓋内圧亢進による精神症状(脳卒中、脳挫傷など)
先述した脳内出血は頭蓋内圧亢進のうち、急性症状に該当します。急性頭蓋内圧亢進は、精神発達が正常に完了した後に、何らかの原因で頭蓋内圧が上昇した状態を意味します。
ですので、急性頭蓋内圧亢進の現れ方は、通常値から急速に上昇するものに該当します。精神症状は、「前頭葉徴候」に代表される意識障害が発生すると医学では規定されます。
慢性頭蓋内圧亢進による精神症状(早期癒合症)
一方の慢性頭蓋内圧亢進とは、出生後からずっと存在するものを示します。すなわち精神発達期に頭蓋内圧亢進の状態であるため、辺縁系の神経発達に悪影響を及ぼし、その結果、多動を伴う「精神運動発達遅滞」が認められるようになります。
慢性頭蓋内圧亢進に起因する精神障害は、「発達障害」の二次症状といえますが、発症時点では高次脳機能障害です。
頭蓋内圧亢進を引き起こす慢性疾患には、頭蓋骨縫合早期癒合症や水頭症が挙げられます。
早期癒合症には軽度のものが存在する
頭蓋内圧亢進時の精神症状である「精神運動発達遅滞」は、「軽度発達障害」という表現に当てはまらないほどに重篤な特徴を持ちます。
頭蓋内圧亢進を発生させる早期癒合症や水頭症といった頭蓋骨の変形を伴う疾患は、外見的特徴が素人でもわかるほど顕著なものであるため、治療の機会を逃すことはめったにありません。
しかし、早期癒合症の軽症例が存在することは、専門医以外の医療従事者の間では認知されていません。そのうえ患者自身にとっても気づきにくい特徴を持つため、治療を受けていないまま、早期癒合症による身体症状や精神症状が現れている状態で毎日をすごしている人が多く存在すると私は推測しています。
おそらく、冒頭の研究で報告されている「軽度発達障害」と斜視の併発は、頭蓋内圧がさほど亢進していない軽度の早期癒合症に起因する、斜視と精神症状(≠精神運動発達遅滞)の併発に一致すると推測します。
斜視と併発する「軽度発達障害」の正体:容量性注意障害
頭蓋内圧がさほど亢進していない軽度の早期癒合症においても、脳は圧迫されています。このときに発生する精神症状とは、大脳皮質(一番外側の脳部位)の機能低下に起因する、容量性注意障害です。
そして、すでに説明した通り、頭蓋骨に圧迫されているような状態では斜視も現れます。このことから、斜視と併発する「軽度発達障害」の一つが、容量性注意障害であるという結論を導き出します。
atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp
頭蓋内圧亢進が基準値未満だったとしても、容量性注意障害、および斜視が併発する可能性は存在します。
容量性注意障害は発達障害ではない
容量性注意障害は高次脳機能障害の一つです。私自身の症例によると、容量性注意障害は、典型例で発症するといわれている精神運動発達遅滞とは異なり、精神発達に悪影響を与えるほど重度な精神障害ではないようです。
容量性注意障害はワーキングメモリが無効化されているため、本を読むのが苦手だったり配分性注意に致命的な欠陥を抱えていたりするので、情報収集能力が劣り、健常者と比べ知識を獲得する速さは遅いでしょう。
しかし、大脳皮質が持つワーキングメモリの機能は、精神発達においてさほど重要ではありません。純粋な容量性注意障害であれば、海馬がつかさどる長期記憶力や情動、報酬系には悪影響を与えていないため、言語性知能や社会性の向上といった「精神発達」といった側面には問題がありません。そのため、容量性注意障害は発達障害ではありません。
頭蓋内圧亢進に満たないほどの脳の圧迫によって、容量性注意障害と麻痺性斜視が出現するという症例をもとにすると、これは軽度発達障害ではなく、軽度の高次脳機能障害であるといった方がよいです。
斜視の種類は問わない
早期癒合症と併発している斜視は、種類を問いません。内斜視もあれば外斜視もあります。
早期癒合症による頭蓋内圧亢進が斜視を引き起こす病理についての詳細は、以下の記事で扱っています。