- 光トポグラフィー検査の運用範囲
- 光トポグラフィー検査の仕組み(言語流暢性課題の目的とワーキングメモリとの関係)
- 光トポグラフィー検査の診断補助対象に該当する精神障害
- 確定診断できない理由:空間分解能が低い
- 光トポグラフィー検査の存在意義
- 「うつ病波形」の問題点
光トポグラフィー検査の運用範囲
この記事のタイトルは、すでに刊行されている福田正人氏の著書のタイトルをもとに作成いたしました。
NIRS波形の臨床判読―先進医療「うつ症状の光トポグラフィー検査」ガイドブック
- 作者: 福田正人,心の健康に光トポグラフィー検査を応用する会
- 出版社/メーカー: 中山書店
- 発売日: 2011/04/15
- メディア: 大型本
- クリック: 8回
- この商品を含むブログを見る
光トポグラフィー検査は、「近赤外線分光法」という手法を用いた検査です。これの英語表記( "Near-Infrared Spectroscop")から頭文字を取った"NIRS"という略称が通称となっています。以下、このように表記します。
一番有名な利用方法として挙げられるのは、抑うつ症状の原因疾患を診断する際の補助的検査としての利用です。検査結果は視覚情報として表れるので、自分自身がうつ病の有無、そしてうつ病の程度を患者自身が理解しやすいという、うってつけの検査です。大手の医療機関だと、新宿ストレスクリニックが有名ではないでしょうか。
医療における利用は、すでに2009年に厚生労働省によって先進医療の検査として認可されていました。しかし、一般的により多くの病院で運用されたのは2014年4月のことです。
光トポグラフィー検査(以下、NIRS)には、使用目的について制約が設定されています。それは、「抑うつ症状の鑑別診断の補助に使用する」検査として運用することが義務付けられているという内容です。すなわち、NIRSの検査結果によって、精神疾患の確定診断をすることはできず、判断材料の一つに過ぎません。
私もこのことについて異論がありません。NIRSが精神疾患の確定診断をするためのアプローチにはなりえない要素については後述します。
しかし、医学で実際に運用されている、NIRS検査が適用される精神疾患の範囲について、私は異論を持っています。そして、他の精神障害のなかに、NIRSを用いて確定診断を得られるタイプが存在すると考えます。
光トポグラフィー検査の仕組み(言語流暢性課題の目的とワーキングメモリとの関係)
近赤外線を頭蓋骨に当てることによって、脳の一番表面の部位に該当する大脳皮質の血流の様子を測定することが可能になります。具体的に言うと、大脳皮質の中でも、背外側前頭前野(DLPFC)と腹内側前頭前野(VMPFC)の活動レベルの測定が可能です。特にDLPFCは、広く知られているワーキングメモリを担う脳部位連合である、ワーキングメモリネットワークを構成する脳部位の一つです。
ただ頭に近赤外線を当てるだけでは、抑うつ状態の有無や程度はわかりません。健常者と抑うつ症状の保有者を区別するためには、ワーキングメモリネットワーク(WMN)の機能を調べる必要があります。それを調べる方法が、WMNを酷使させる課題です。課題の手順を説明すると、液晶画面に映った点を見つめることに集中しながら、言語流暢性課題(言語表出能力を評価するため)を実行するというものです。
言語流暢性課題の役割ですが、それ単体では何もわかりません。「モノを見る行為」と同時に行うことが肝心です。その根拠を脳波の観点で説明すると、目を見開いて物を見ている時、人間の脳からはベータ波が検出されるようになります。
この時点で被験者はモノを見るというタスクを実行していることになります。この時、WMNの活動は通常レベルで活動しています。NIRS検査では、これに言語流暢性課題を加えます。言語流暢性課題は「モノを見る行為」とは全く別物であるため、同時に二つのことをしなければなりません。
NIRS検査の本質は二重課題、すなわちマルチタスクです。このマルチタスクを達成するためには、WMNの活動レベルを通常時よりさらに引き上げることが必要になります。
光トポグラフィー検査の診断補助対象に該当する精神障害
健常者であれば、NIRS検査におけるマルチタスクを難なくこなせます。一方で、何らかの抑うつ症状を抱えている場合、被験者の主観では言語流暢性課題に対する困難が認められます。客観的指標に該当するNIRS検査で得られた成績(波形の状態)が悪くなります。
NIRS検査で得られる健常者の波形と精神障害類型の波形には、相違点がいくつか存在します。それは、血流量変化量の大きさ、増減、変化のタイミング、変化の回数です。NIRS検査が補助的に診断材料になる精神障害について、医学では以下の精神障害を一般的に規定しています。
健常者である場合、適切なタイミングであり、且つ十分な大脳皮質の脳活動を伴いながら、マルチタスクを実行し、達成します。通常時と比較した、マルチタスク時における大脳皮質の血流の上昇量は、0.4mMmmです。
「うつ病」においては、マルチタスクのための脳活動が適切なタイミングではあるものの、大脳皮質の賦活レベルが健常者の4分の1程度まで低下しています。補助診断の基準は、0.1mMmmの上昇といわれます。
うつ病では、大脳皮質の機能が低下した代わりに、扁桃体の過活動が認められます。そして、モノアミン系の神経伝達物質のすべての供給能力が低下します。NIRS検査の結果から読み取れることは、大脳皮質にノルアドレナリンやドーパミンといったモノアミンが供給されなくなり、大脳皮質の機能が低下していることです。
双極性障害の場合、大脳皮質の賦活レベルが健常者と同等である一方で、マルチタスクのための脳活動のタイミングが遅いことが分かります。
統合失調症の場合、大脳皮質における血流量の上昇と下降を繰り返しており、マルチタスク終了時においても続いています。
波形に関する詳細は、次のリンクに書かれています。
blog.goo.ne.jp赤羽メンタルクリニックさんのウェブサイトには、それぞれの精神障害類型で得られるといわれる波形の特徴(波の大きさや反応のタイミング)に加え、診断精度についても言及されています。
これらのNIRS検査で得られる波形の類型のうち、「うつ病」には問題点が存在するうえ、医学的には報告されていないサブタイプが挙げられると私は考えています。これについては、後述します。
確定診断できない理由:空間分解能が低い
先述したように、NIRS検査は、確定診断をするための検査結果を得られる検査であるとはいえません。その根拠として、NIRS検査で血流量を計測できる脳部位が非常に限定的であることが挙げられます。
観測対象は、脳の表面部位である大脳皮質のみです。いえ、厳密に言えば大脳皮質でも外から見える表面部分のみです。大脳基底核や大脳辺縁系といった、脳の中身の活動については観測できません。このため、空間分解能が低い検査であると評価されています(一方で、)。
では、空間分解能が低いNIRS検査のデメリットを補うような検査はあるのでしょうか。実は、有名なMRI検査が脳の内部を活動も計測できる検査のひとつです。そのため空間分解能が高い検査として評価されています。ただし、時間分解能の低さという問題点があり、この点はNIRS検査に劣ります。
他にも脳磁図検査(MEG)というものがあり、こちらは空間分解能と時間分解能が高く、最強の検査であるといえます。しかし、残念ながら機械の個数がとても少ないです。
光トポグラフィー検査の存在意義
NIRS検査の存在価値とは、医師側よりは抑うつ症状が主訴である患者側にあるでしょう。NIRS検査結果は、視覚化データであるため、一般人にとって理解しやすいです。そのため患者自身だけでなく、家族などの他人に抑うつ症状の存在を提示できます。
診断する側である医師にとって、NIRS検査は被験者が抑うつ症状を抱えているか否かを知るための手段です。確定診断する疾患があるとするならば、統合失調症と双極性障害でしょう。一方のうつ病に該当すると規定している波形については、健常者や統合失調症、双極性障害ではない、抑うつ症状を引き起こす不特定疾患概念とみなしています。
「うつ病波形」の問題点
空間分解能が低い検査手段であるNIRSでは、大脳皮質より内側の領域における活動を観測できません。そのため、扁桃体などの情動系や側坐核などの報酬系、海馬といった、抑うつ症状に関わる脳部位における血流量の変化が無視されます。このことから、NIRS検査の結果が提示している病理は氷山の一角にすぎないと評価できます。
そして、NIRS検査の「うつ病波形」は問題点を含む類型です。なぜなら、健常者より低い大脳皮質の血流量という性質のみで分類されてしまっている不特定疾患概念だからです。
課題①:「うつ病」の定義、気分変調症との判別
私が大うつ病と区別されるべき疾患として考えている、抑うつ症状を引き起こす疾患は、持続性抑うつ障害(気分変調症)です。NIRS検査が抱える問題点のひとつが、うつ病波形において、大うつ病と持続性抑うつ障害の区別に関する明記がされていないことです。
それどころか、本邦の精神医学では、大うつ病と持続性抑うつ障害の区別を積極的にしているとは言えません。持続性抑うつ障害を抱える患者は、NIRS検査では大うつ病と同じ波形を示すため、確定診断ではないにしろ「大うつ病」の可能性があることを示す「うつ病の疑い」が認められることになります。
問題は診断以降の治療です。大うつ病の非侵襲的治療法として有名な経頭蓋磁気刺激法(TMS)があります。しかし、持続性抑うつ障害のほうは効果があるといわれていません。持続性抑うつ障害は先天的要因に基づく疾患です。大うつ病とは異なり治療の予後が悪く、社会学的要因を取り除くことによってのみ解決します。
この問題はNIRS検査の問題というより、検査を運用する側である精神医学の課題でしょう。詳細は別の記事で取り上げる予定です。作成できた際、ここにリンクを設置します。
課題② 病理が未解明のまま放置されている「陰転波形」
実は、「うつ病波形」には病理が未解明のままの波形が1種類含まれています。それは「陰転波形」です。陰転波形とは、マルチタスク時における大脳皮質の血流量の上昇が少ないどころか通常時より下降することを示す波形です。
陰転波形は、健常者と比べマルチタスク時の血流量が健常者より低い水準であるという特徴を持つ点でうつ病波形と共通しています。そのため、現在精神医学で陰転波形はうつ病波形としてみなされています。
しかし、全ての陰転波形が大うつ病を示すと結論付けることは早計であると私は考えています。たしかに陰転波形ではマルチタスク時に血流量が減少していることから、うつ病傾向波形の特徴である「健常者より血流量が低い」が当てはまるといえないこともありません。ただ、言い換えると、うつ病の血流量の微弱な陽転はプラスであり、血流量の陰転はマイナスであることから別物と考えるべき代物と私は考えます。
うつ病傾向波形では、マルチタスク時に血液が少量ながら上がっていることから、マルチタスクを使用する際の脳部位が賦活していることを示しています。一方で、陰転となると「マイナスに賦活する」ことを示していますが、これは正しい表現ではありません。これは本来賦活するべき脳部位とは別の脳部位が賦活し、その賦活した脳部位に血液が供給されているという実態を示しているといえるでしょう。
陰転波形が示す精神疾患には、従来通りうつ病も含まれるでしょう。前頭前野が機能低下を引き起こしている状態であるため、マルチタスク時にワーキングメモリが賦活されるのではなく、逆に過活動化している扁桃体に血液が供給されていることが考えられます。
そしてもう一つ、私から提言する陰転波形を引き起こす精神疾患は、高次脳機能障害(外因性精神障害)である配分性注意障害です。NIRS検査で対象と定められている器質性精神障害ではありません。このサイトの管理人である私は、陰転波形を示した被験者です。検査結果やほかの疾患の存在、ワーキングメモリ理論を根拠に、当事者として導き出した考察を以下の記事で紹介しています。
atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp
結論付けると、NIRS検査は従来の器質性精神障害だけでなく、配分性注意障害の有無の参考に用いることが可能であり、隠れた高次脳機能障害の原因疾患、例えば軽度の頭蓋骨縫合早期癒合症を疑うことが可能になると私は提言します。