今回の記事は光トポグラフィー検査(NIRS)で得られる陰転波形の原因を、認知心理学的に考察するものとなります。言い換えると「陰転波形」の当事者である私自身の神経症状の特徴から精神障害を導き出し、これが陰転波形を引き起こしうることを論証するという内容です。
光トポグラフィー(NIRS)検査は器質性精神障害の診断のための参考として用いられています。NIRS検査で得られる血流量変化の波形のなかには、医学においても論理的に説明されていない病理を持つ波形が存在します。それは陰転波形です。陰転波形では、検査における二重課題実施時において被験者の大脳皮質の血流量が通常時より減少することが認められます。
2021年時点において陰転波形は「うつ病波形」として精神医学に見なされています。このことについては問題点があることを言及する必要があります。
うつ病波形と判定される波形では、健常者よりマルチタスク時の血液供給量が低いことが示されています。実際、うつ病や気分変調性障害では前頭前野の機能が低下していることが指摘されています。NIRSで問題視される血流量低下がこのことを示していることに間違いはありません。
ただし、うつ病波形の典型例とされる波形では、マルチタスク時の血流量が通常時より若干程度多くなっています。すなわちうつ病の典型例はいわば陽転波形であり、陰転波形とは異なります。
NIRSはしばしば「空間分解能が低い」ことが指摘されています。すなわちNIRSが血流量変化を観測できる脳部位は脳の表面であり、脳の深部の血流の変化を観測できません。したがって、NIRSを根拠として用いてうつ病の診断をすることはできず、参考資料として扱われるにとどまっています。
脳の深部の働きを可視化できていないことから、陰転波形をうつ病波形とみなすのは早計といえます。陰転波形と陽転波形はマイナスとプラスであり、血流の流れの傾向が別物同士とみなすべきです。
NIRSの血流量の変化から、うつ病か否かを参考資料として導き出せるようになっていることは先述の通りです。では、二重課題時の血流量が低いほど、抑うつの程度が重くなるのでしょうか。言い方を変えると陰転波形はうつ病波形の典型例より、「重症」なのか。先に答えをいうと必ずしもそうではなく、例外が存在します。
NIRSの血流量変化のメカニズムは、デフォルトモードネットワーク(DMN)とワーキングメモリネットワーク(WMN)で大体説明できます。これらは排他的関係にあり、つまりWMNが賦活したときはDMNの活動レベルが低下し、逆にDMNが賦活したときはWMNの活動レベルが低下します。
WMNが賦活するタイミングは、二重課題を課せられたときです。ワーキングメモリは複数の情報を同時に保持する脳機能であり、これを賦活させるためのタスクが二重課題とよばれています。
少々ややこしいことに、ワーキングメモリを含める実行機能が複数の脳部位間の連携によって成り立つといわれており、これをWMNと呼んでいます。ワーキングメモリ単独となると、前頭前野の外側部のうちの一部の脳部位、おそらく「前頭極」という最も外側のところに位置する脳部位が担っているといわれています。
つまるところ、NIRS検査はWMNの活動レベルを測定する手段ということになるのですが、実際は二重課題の成績でワーキングメモリ単独の活動の有無を判定しているだけです。NIRSのうつ病判定の実情とは、二重課題の成績からWMN全体の活動レベルを推定するというもので、拡大解釈とも言えます。
一方のDMNは脳の深部に位置しています。空間分解能が低いNIRSではWMNの活動状況を測定できません。精神障害を判定する画像診断は本来、空間分解能が高いものである必要があります。具体的にいえばDMNの扁桃体の過活動などが認められていなければなりません。
NIRSでわかることは、WMNの血流量上昇の度合いからWMNの活動レベルを拡大解釈するだけであり、肝心のDMNの活動レベルの計測ができません。ただ、それでもWMNとDMNの排他性はエビデンスとして確立しているので、おおよその推論が可能となります。したがって、陰転波形で可能性として確実にわかることとは、実行機能のうちのワーキングメモリが低下している、あるいは無効化ということです。
次に問題となるのは、陰転波形ではワーキングメモリが無効化されているのか、それとも扁桃体の過活動で実行機能が弱まっており、ワーキングメモリそのものは有効な状態かということです。
通常のうつ病は実行機能の低下があるもののワーキングメモリが無効化されているとまではいきません。であれば、陰転波形ではなくうつ病波形の典型例のほうが適切だということになります。ワーキングメモリを担う脳部位への血液供給量は通常と比べて微量ながらも賦活はしていることを示しているので、これで相違はないと思います。
問題は陰転波形です。陰転波形においても「必ず抑うつ、ストレス症状を抱えている」ことが実証されれば、「陰転波形をうつ病波形として即断してはいけない」といういった問題提起をする必要はありません。しかし、実際は陰転波形を示すのに抑うつに代表される心因性精神障害を抱えているとは到底認められない症例が存在しています。その症例のひとつが私自身なのです。
脳内の血液の量は脳内出血が起きない限り一定です。このことから、陰転波形は、「健常者と比べて脳表面の血流量が少ない」という表面的な特徴ではなく、血液が完全に他の脳部位に供給されていることを疑うのが妥当です。
もしこの陰転波形を示す症例で抑うつがとても強い程度であるならば、陰転波形が強度のうつ病を示していると判定することは間違っていません。しかし、私自身には抑うつが全くありません。
私自身がNIRSを受けていた時の感覚について説明すると、二重課題はうまくいかないなと思いました。簡単であることは明らかなのですが、感覚、意識的な問題があったのです。それが一つのことしかできないという確信、そして視界が暗くなるような感覚です。そしてこの状態になったタイミングが陰転波形と一致しています。
私自身の症例は、実行機能のうちワーキングメモリだけが無効化されているパターンに該当します。この症状を当てはめる疾患名が存在しています。それが「配分性注意障害」です(容量性注意障害ともいいます)。
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もし、ワーキングメモリが無効化されているような状態であれば、理論的には二重課題を達成できません。しかし、陰転波形を示す被験者は、大脳皮質の血流量が減少していているときに、その二重課題を完全に達成できないわけではありません。実際、私の場合も同様で、かろうじて言語流暢性課題を回答できました。
このとき、他の脳部位の代償機能によって、二重課題をかろうじて成功させていると私は仮定しています。ただその成功は偶然性に任せるようなものだと私は思います。そして、このときの代償機能を担っている脳部位については、ワーキングメモリを除く脳部位だろうと予想しています。
まとめると、NIRSの陰転波形を示す精神障害について、うつ病などの心因性精神障害に加えて配分性注意障害も含まれることを私自身の症例から提言します。この配分性注意障害、脳の外傷などによって引き起こされる高次脳機能障害(外因性精神障害)であり、精神科や心療内科では通常扱われにくいものになります。
ましてや、配分性注意障害のみであれば高次脳機能障害として扱うことは実務では不可能となります。心理学では処理障害として扱われるのですが、これを扱える機関、評価スケールもないに等しく、2021年時点でこれを患者側から問題提起することも難しいものとなっています。
しかし、配分性注意障害は単独でも決して神経症レベルの物などではありません。ワーキングメモリが無効化されている状態は言語機能にも悪影響を与えることと同義であり、日本語の言語障害、病名にすると特異的言語発達障害を引き起こします。しかし、これもまた症状のみが統計データで集められているだけで、病理に関しては音声言語医学でも決まっていません。配分性注意障害と同じく。