当事者研究ブログ「大人の頭蓋骨縫合早期癒合症」

頭蓋骨縫合早期癒合症(軽度三角頭蓋)と高次脳機能障害(容量性注意障害)についての当事者研究のノートです。言語性ワーキングメモリと日本語(右側主要部の規則)の関係について研究しています。目的①頭蓋骨縫合早期癒合症を成人症例、生活史を記事としてまとめること。目的②特異的言語発達障害の当事者研究をもとに、日本語が日本人の思考に与える影響(サピアウォーフ仮説)を考察すること。

言語学における「自己移入」の語用と自己意識の関係

「自己移入」という「コトバ」の存在を最近になって私は知りました。調べてみるとフッサール現象学で出てくる言葉なんだとか。哲学を勉強したことがないため、これからも詳しいことはよくわかりません。しかし、この言葉を探すきっかけは、この表現が必要になったからです。「自己移入」に近い表現として、「感情移入」があります。両者の違いとは、「共感」や「感情」、「情動」といった要素の有無だそうです。

私は言語行為における脳の働きに強い関心を持っています。言語行為にかかわる神経基盤として音声言語医学では感覚性言語野、運動性言語野を用いています。これに対して私が気になっている神経基盤を大別すると、ワーキングメモリと自己意識という、刑事上の概念です。神経基盤というより心理学に存在する脳機能概念という方が適切かもしれません。

言語学という学問の中でも統語論、言語類型論、心理言語学は科学的な性格を持っていると思います。つまり、「感情移入」のような「人間の感情」が介入してしまう概念を使用することについては、違和感を抱いていたのです。

自己意識は私的自己意識と公的自己意識に分けられます。自己意識とは自我であり、何もしていないときにも動いています。当然言語行為の際にも使用されているものと解釈できます。言語行為をしているときは基本的に人間は私的自己意識を中心に使用しています。しかし、私たち日本人の場合は、言語行為時には公的自己意識を用いることがほとんどだろうと私は考えています。この違いを、私的自己意識を使用する際の語句の特徴を導き出したいと私は考えています。この時に便利な表現というのが「自己移入」だったというわけです。

言語を扱う際の「自己移入」の定義とは、「文、あるいは節の主要部として即興的に選んだ概念に対して自己意識を特定すること」になると私は考えます。そして、自己移入には「私的自己意識を用いた自己移入」と「公的自己意識を用いた自己移入」が存在するだろうと私は思います。例えば「私はリンゴを食べた」という文を述べる際、本来、自己移入対象となる語句は主要部であり、具体的に言えば「食べた私」に該当します。

では、自己移入の種類、すなわち「私的自己意識を用いた自己移入」と「公的自己移入を用いた自己移入」の違いはどこで決まるかというと、これは言語の文法、すなわち語順規則であると私は考えています。

主要部前置型言語(SVO型)は語句の意味的な優先順位と統語的な優先順位が一致しています。そのため、初期段階で「食べた私」という主要部が「私は食べた」という順番で提示されるため、この主要部に対して「私的自己意識を用いた自己移入」が可能です。

一方、日本語のような主要部後置型言語(SOV型)では語句の意味的な優先順位と統語的な優先順位が一致しておらず、統語的な優先順位が逆行しています。文の主要部である術語が文末に配置されることから、従属部にも注意を回す必要が発生します。本来ならば「食べた私」が文の主要部になるべきですが、日本語の場合は「りんご」も主要部になりうるものとしてみなさざるを得ません。というのは、主語や目的語も後置詞によって即興的に作られるからです。ゆえに日本語の文を扱う際にはすべての概念に対して主要部になりうるものとしていなすことから「公的自己意識を用いた自己移入」を実行していることになります。