「封印」されしアタマのなかより(大人の早期癒合症)

頭蓋骨縫合早期癒合症と特異的言語発達障害(聴覚情報処理障害)の当事者研究ブログです。主にワーキングメモリ(注意容量と音韻ループの関係)について研究しています。当ブログの記事における内容及び理論は無断での引用は禁止ですが、リツイート推奨(笑)。更新情報はツイッターで配信しています。(キーワード:特異的言語発達障害(聴覚情報処理障害)、音韻ループ、軽度三角頭蓋)

人の話を理解できない、聴き取れない「聴覚情報処理障害」とは? / ワーキングメモリ、発達障害との関係 / 聞こえ方の特徴、原因疾患について(改訂版)

聴覚情報処理をつかさどる機能が低下する3タイプの精神障害の病理を、当事者の観点から考察します。 キーワード:音声認識、言語理解、カクテルパーティー効果、音韻ループ、ワーキングメモリネットワーク、マルチタスク、注意資源(注意容量)、聴覚過敏、解離、前頭前野背外側部(DLPFC)、特異的言語発達障害

「聴覚情報処理障害」とは、「相手の話を理解できない」、「雑音下での聴き取りができない」などのコミュニケーション上の問題を抱えた状態を示す疾病概念です。ちなみに私、リョウタロウも「狭義の聴覚情報処理障害」(詳細は後述)の当事者です。

「聴覚情報処理障害」は半世紀ほど前に、アメリカの言語医学会(American Speech-Language-Hearing Association: ASHA)で扱われ始めた概念であり、そこまで新しい概念ではありません。しかし、ようやく近年になって(およそ10年前?)から、国内の言語聴覚士(それでも「聴覚情報処理障害」の専門家に限られますが)の間でも扱われるようになり、徐々にですが、その知名度は確かに広がっています。

余談ですが、どうやら2018年秋ごろにNHKで聴覚情報処理障害の特集が放送される、という情報をtwitterで収集しました。 

おそらくこのことは事実でしょうから、すると、研究者や当事者しか知らない「聴覚情報処理障害」の知名度はさらに一般へと広がるのでしょう。

しかし、詳細は後述しますが、聴覚情報処理に関する研究は発展途上であり、「聴覚情報処理障害」自体が、論点や問題点が多い疾病概念です。ゆえに、地上波で紹介されることに対しては、「ようやくこの時が来たか」という嬉しい気持ちの反面、通俗心理学によって「真実」(研究結果ではない)が歪曲される可能性の危惧を私は抱いています。

いずれにしても、どの研究の結論にも書かれているように、日本語という特殊な構造を持つ言語における「聴覚情報処理障害」の病理を解明と、支援方法を確立させることは急務でしょう。「平成の次の時代」のなかで、聴覚情報処理に関する研究が飛躍することを、私は夢見ています。

さらに言えば、この記事は、聴覚情報処理の研究を飛躍させる火種になるかもしれません。

 

<記事を書く上で配慮した点(改訂箇所)>

実は、この記事を私は一旦公表した後、記事の内容を大きく改訂しました。なぜなら、「聴覚情報処理障害」の定義が決まっておらず、その言葉の語用は研究論文によってさまざまであることが判明したからです。

先述したように、半世紀も前からあった概念が、最近になって国内の研究のなかで扱われるようになった背景には、「聴覚情報処理障害」の疾病概念としての定義が不完全であり、その定義について賛否両論が分かれている状態であることが挙げられます。

聴覚情報処理障害に関する書籍ではあまり触れられていない、その定義の問題点についても、本稿では焦点を当てていきます。

  

 <この記事の概要>

  • 音声認識と言語理解の認知プロセス
  • 聴覚情報処理における、ワーキングメモリの役割
  • 「聴覚情報処理障害」の定義:「広義」と「狭義」
  • 発達障害」と聴覚情報処理障害の関係
  • 狭義の聴覚情報処理障害の正体を解明する ←<メイン>

 

序論

音声言語医学の研究によると、聴覚情報処理が低下する症状を持つ、器質性精神障害うつ病などの心因性精神疾患、睡眠不足を除く)には、以下の3種類が挙げられます。

  • ADHD(広義の聴覚情報処理障害のひとつ)
  • 自閉症スペクトラムによる聴覚過敏など(広義の聴覚情報処理障害のひとつ)
  • 原因不明(狭義の聴覚情報処理障害)

現時点での音声言語医学ではその病理は解明されていない、狭義の聴覚情報処理障害には、特異的言語発達障害のうちの聴覚情報処理機能の低下症状が該当します。

特異的言語発達障害の特徴は、以下の通りです。

  • 「入力的」聴覚情報処理だけではなく、言語運用においても言語理解同様の困難さを持つ
  • 原因:前頭前野背外側部(DLPFC)の機能低下
  • 原因疾病の一つ:頭蓋骨縫合早期癒合症

 

(記事リンク)聴覚情報処理障害を診断できる病院 / タイプ別診断

当ブログでは、聴覚情報処理障害の診療に関する情報や、オリジナルの判別方法(問診)についての記事を配信していますので、ぜひご覧ください。 
 

「聴覚情報処理障害」の症状一覧、定義について 

1 症状一覧、特徴

聴覚情報処理機能の低下症状を抱える患者については、「最初に訴える症状が「騒音下での聴きにくさ」と表現されることが多い」*1という特徴が言及されています。

そして、症状に関するデータを集めた臨床研究によると、聴覚情報処理障害を抱える患者が抱える症状は、以下のような特徴を持つことが判明しています。

聴覚情報処理障害の症状一覧*2

  1. 聞き返しが多い
  2. 聞き誤りが多い
  3. 雑音など聴取環境が悪い状況下での聞き取りが難しい
  4. 口頭でいわれたことは忘れてしまったり、理解しにくい
  5. 早口や小さな声などは聞き取りにくい
  6. 目に比べて耳から学ぶことが困難である
  7. 長い話になると注意して聞き続けるのが難しい

 典型的な例では、多人数が話す場合など、騒音環境下での聞き取りにくさ、音声提示された指示に対する従いにくさ、よく似た言葉の弁別しにくさなどがあり、しばしば聞き返しが多く、口形に注目してコミュニケーションを図ろうとするなど難聴時と類似した症状を示すことがある。*3

こういった特徴を持つことから、聴覚情報処理障害について研究者の一人である小渕千絵先生は、「聞き取り困難を抱える症候群」という表現を用いて説明しています。

 

2 現行の定義

音声言語医学によって通説となっている聴覚情報処理障害の定義は以下の通りです。

聴覚情報の処理にかかわる中枢性の処理障害が存在し、かつ末梢聴覚およびその他の脳機能には障害が存在しないか、あるとしてもその程度は症状を説明するほど高度なものでな く、聴覚情報処理に特異的な中枢の障害が第一義的な病態の中心になると考えられるもの*4

以上の定義に従い、聴覚情報処理障害に該当する疾病の必要条件は、以下通りです。

聴覚情報処理障害の条件

  • 器質性精神障害である
  • 原因は中枢神経の機能低下である
  • 聴覚情報処理のうち、音声認識には問題がない
  • 聴覚情報処理のうち、言語理解が困難

これまで紹介した、聴覚情報処理障害の定義および条件に従った場合、聴覚情報処理障害に該当する、病理が全く異なる複数のサブタイプが挙げられます。このことが後述する定義をめぐる論争の火種のひとつになっています。

 

3 定義をめぐる論争

ここまで聴覚情報処理障害の定義を紹介してきましたが、音声言語医学の中では現在でも「聴覚情報処理障害」の定義に関する論争が続いており、その定義は定まっていません。

聴覚情報処理障害に関しては,研究端緒から半世紀を超しているにもかかわらず,用語や定義についても議論が絶えない。臨床像や対処法等では明確な点が多かったにもかかわらず,原因論や検査方法などは問題点が数多く指摘されてきた。*5 

論争の原因は、従来の定義に従うと複数のサブタイプが含まれることは先述しました。

APDという表現自体が単一の障害のように受け取られる可能性があるが、聞き取り困難を抱える症候群と考えれば、様々な背景要因を抱える例を含めることになる *6

聴覚情報処理機能の困難さに特化している純粋な APDと他の要因から生じる APD 症状との鑑別の問題が残っている*7

複数のサブタイプで共通するのは「雑音下での言語理解ができない」という患者の主訴のみであり、原因だけでなく、症状の現れ方までもが異なっています。このことは小渕先生が提示している「聞き取り困難を抱える症候群」という表現の存在により明らかです。しかし、サブタイプ間では、原因だけでなく聞こえ方自体も異なるので、もはや「聴覚情報処理障害」は疾病概念ではなく、症状概念です。

論争の原因はもう一つあります。それは原因不明のサブタイプの存在です。

論争の詳細、および定義に対する持論については以下の記事の中で紹介しています。 

 

4 聴覚情報処理障害と発達障害の関係(「広義の聴覚情報処理障害」と「狭義の聴覚情報処理障害」)

「聴覚情報処理障害」の問題点を簡単に紹介しますと、音声言語医学がその定義を過度に拡張したことにあります。現時点で音声言語医学が扱っている、広げ過ぎた定義による「聴覚情報処理障害」を、私は「広義の聴覚情報処理障害」と名付けました。

広義の聴覚情報処理障害とは、聴覚情報処理機能の低下症状を引き起こす器質性精神障害全般です。すなわち、病理が異なるサブタイプがこのなかに含まれます。ADHD自閉症スペクトラムが、広義の聴覚情報処理障害に該当します。その問題点とは、「聴覚情報処理障害」に含まれることにより、聴覚情報処理障害の「実体像」があいまいになることです。

本来ならば、音声言語医学は、原因が不明である「狭義の聴覚情報処理障害」のみに焦点を当てるべきでしょう。 狭義の聴覚情報処理障害は、ADHD自閉症スペクトラム障害とは異なる精神障害です。あえて発達障害との関係について言及した表現を用いるならば、「特定不能の広汎性発達障害」(PDD NOS)にカテゴライズされるでしょう。

 

聴覚情報処理障害に含まれない疾病

上記の広義の聴覚情報処理障害の定義により、聴覚情報処理障害に当てはまらない疾病を列挙します。

1 聴覚障害(ろう)

聴覚障害は、聴覚情報処理のうち、音声認識の機能が無効化した状態と形容できる中枢神経障害ですが、言語理解の低下はありません。なので、似た名称を持ちますが、聴覚情報処理障害と聴覚障害は、本質的に異なります。

 

2 難聴(伝音性難聴、感音性難聴)

難聴は、音声認識の機能が低下した末梢神経障害です。同じく、聴覚情報処理障害とは本質的に異なります。

 

3 ストレス、あるいはうつ病による聴覚情報処理機能の低下(心因性難聴)

たしかに、ストレスが発展し罹患するうつ病は、聴覚情報処理障害と類似した聴覚情報処理機能の低下を引き起こします。これを心因性難聴といいます。聴覚情報処理障害とは異なり、原因が心因的なものであるため、聴覚情報処理障害に含まれません。

ただし、発達障害を含める器質性精神障害は、往々にして二次障害の引き金になります。このことから、二次障害である心因性精神障害による聴覚情報処理機能の低下と、先天的に備わっている聴覚情報処理障害が併発しているケースが、発達障害を抱える当事者のなかに存在する可能性を無視できません。

 

「聞く」と「聴く」のちがい、2種類の聴覚情報処理とは?

1 「聞く」と「聴く」の区別は曖昧である

同訓異字の問題の中に、以下のような問題があったことをあなたは覚えていますか?

物音がキこえる → 聞こえる

ラジオの内容をキきとる  → 聴きとる

この二つの行為には、聴覚情報処理、すなわち耳で知覚する行為という共通点を持ちます。そのうえ、両方の漢字に「耳」という文字が入っていることが、使い方を知るうえでの迷いを助長させています。

この2つの表現の違いについての説明をしているHPがありましたので、下に引用します。

ただ単に「きく」場合は一般に「聞く」を使い、注意深く(身を入れて)、あるいは進んで耳を傾ける場合には「聴く」を使います。「音楽を聴く」「講義を聴く」

NHK放送文化研究所HPより*8

結論をいいますと、この二つの使い分けの基準は、非常にあいまいです。

あえて使い分けの方法論を紹介すると、「キき取る」という表現が用いられたときは確実に「聴」の文字が使われるようになる、という語用論アプローチを紹介できます。しかし、うーん、上の説明だと「単にきく場合」っていう基準があいまいなので、意味の違いが不明確のままです。

  

2 聴覚情報の分類(「音声情報」と「言語情報」)

なので、「聞く」と「聴く」の違いについて、はじめに言語学的に私から説明します。

例えば、

聞き覚えがある話」や「聞き流す」

とは、音声情報を知覚する状態を意味します。

これに対し、

「警察による事情聴取

とは、相手から引き出した言語情報を知覚する状態を意味します。

つまり、「聞く」行為の対象は音声情報であり、一方の「聴く」行為の対象は、音声情報だけでなく、言語情報も含まれているのです。

ついで、聴覚情報処理とは以下の2種類に分類されます。

  • 音声認識:音声情報のみを採取
  • 言語理解:採取した音声情報から言語情報を採取

例えば、絶対音感を持つ人やアニメのCV(「ダメ絶対音感」という)を当てる能力を持つ人は、音声認識、すなわち音声情報の性質を記憶し、認識する能力が優れている人ということになります。

ここまでの内容をまとめると、「聞く」は音声認識を意味し、一方の「聴く」は音声認識だけでなく、言語理解をしている状態を意味します。

(余談:ちなみに、言語情報としての性格だけを持つ聴覚情報は、存在しません。)

 

3 聴覚情報処理のプロセス(「音声認識」と「言語理解」)

ではつぎに、「聞く」と「聴く」の違いについて、心理学的に説明します。

言語学では、なぜ音声認識言語理解が分類されているのでしょうか?

その根拠は、入力された聴覚情報に対して、「音声情報としてするための器官」「言語情報として認知するための器官」が、それぞれ別経路として脳に備わっているからです。

① 音声認識:音声情報を認知する

<聴覚情報の入力>

耳 → 聴覚野、辺縁系( → 言語中枢 )

音声認識とは、聴覚野や辺縁系における聴覚情報の認知行為です。音声認識をすることによって、聴覚情報の有無や種類を推察することができます。

さらに、鋭い音感(絶対音感)を持つ人物の脳では、これだけにとどまらず、音声情報が入力されたとき、辺縁系(海馬)と言語中枢の間の働きが活発化されています(かっこで示した部分)。ただ、その音声情報が持つ音階を認知するか否かの決定権は、本人の意思にゆだねられます。

 

② 言語理解:言語情報を認知する

<聴覚情報の入力>

耳 → 聴覚野、辺縁系  → 言語中枢(ウェルニッケ野、ブローカ野)

言語理解とは、聴覚野で認識した音声情報に含まれる言語情報を、言語中枢を用いて意味情報に変換する行為を指します。 

 

4 まとめ

「聞く」  → 音声認識

「聴き取る」→ 音声認識 + 言語理解

 

聴覚情報処理に必要な、補助的脳機能がもたらす効果

聴覚情報処理を達成するためには、これまでの内容で紹介した、音声認識と言語理解の処理経路以外にも、以下のような効果が必要です。

音声認識に必要な効果:カクテルパーティー効果 

言語理解に必要な効果:音韻ループ

先にネタバらしをしますと、聴覚情報処理障害が発生する原因は、カクテルパーティー効果や音韻ループといった効果を構成する脳機能のうち、いずれかの脳機能が無効化していることにあります。

それぞれの効果の詳細と、その効果の成立に必要な補助的脳機能を紹介します。

 

1 カクテルパーティー効果

カクテルパーティー効果とは、聴覚情報処理のうちの音声認識を達成させるために必要な効果です。1953年にコリン・チェリーによって提唱されました。その定義は、「聴く側の雑音下でのコミュニケーションを円滑に進めるための必要な効果」というべきでしょうか。

心理学の教科書の中では、「選択的注意」の一部として説明されることが多い概念ですが、この説明だけでは、メカニズムを知るにはあまりにも不十分です。そこで、カクテルパーティー効果が実現するために必要な脳のはたらきと機能について紹介します。

 

① カクテルパーティー効果の構造

A 目標音声の雑音からの抽出

目標音声以外の音声を雑音として無視し、目標の音声のみを聴くという行為を人間は任意に行うことができます。

雑音下での会話以外の例を挙げると、オーケストラが演奏する交響曲のうち、特定の楽器が演奏しているメロディーパートのみを聴き取るという行為が、「目標音声の雑音からの抽出」に該当します。

 

B 未抽出音声の補完

認知目標音声の抽出を行っても、どうしても聞こえない音声が発生することがあるのは、健常者においても同様です。その際、聴く側は、相手の口元の動きや「経験則」を参考にしながら、聞こえなかった音声を推察し、補います

口元の動きという視覚情報を参考にできない視覚障碍者は、「未抽出音声の補完」が困難であるという面で、カクテルパーティー効果の実現が不利であるといえます(ただし、視覚障碍者は、聴覚や第六感の発達という代償で補っている可能性がある)。

 

② 補助的脳機能

カクテルパーティー効果が実現するためには、以下の条件が必要です。

  • 聴覚刺激に対する正常な感受性が備わっていること(目標音声の雑音からの抽出で必要)
  • 衝動抑制・注意制御機能が有効であること(目標音声の雑音からの抽出で必要)
  • 必要最低限の注意容量を持つこと(未抽出音声の補完で必要)

聴覚刺激に対する正常な感受性が備わっていることは、他の補助的脳機能と比べて優先度が高いです。「目標音声とそれ以外の雑音との混線の防止」という役割を担っています。

いわゆる「集中力」が必要になることは、聴覚情報処理をする場面においても同様です。ワーキングメモリネットワークが担う衝動抑制・注意制御機能は、目的の認知処理に対する集中力の有無をつかさどっています。特に、「目標音声の雑音からの抽出」に必要です。

必要最低限の容量の注意資源が備わっていることは、後述する音韻ループの実行にも必要なのですが、音声認識と口元の動きの観察といった視覚的記憶というマルチタスクの可否にも影響します。

 

2 音韻ループ

① 文を理解するための機能

音韻ループとは、聴覚情報処理のひとつである言語理解を達成させるために必要な、ワーキングメモリネットワークによる効果です。

人間が言語を認知する際に用いる基本単位は、「句」、あるいは「節」です。日本語の場合、膠着語としての性質を持つため、私たちが日本語の文を理解する際の基本単位は「節」です。

そして、日本語の文を理解するためには、それまでに理解した「節」を保持する仕組みが必要です。この仕組みを、認知心理学では「音韻ループ」と呼んでいます。

いわば、音韻ループとは「文を理解する際に運用されるワーキングメモリネットワークの機能」です。

 

② 文の理解と「ワーキングメモリ容量」との関係

音韻ループは、「節」の保持と「節」の貯蔵というマルチタスクによって成り立っています(このマルチタスクを私は「脳内マルチタスクと呼んでいます)。このマルチタスクを実行するためには、先述の衝動抑制・注意制御機能が有効になっていることは当然ですが、そのうえ、必要最低限の注意容量、すなわちワーキングメモリの容量が、備わっていなければなりません。

 

③ 「ワーキングメモリ容量」と日本語の文構造

ミズーリ大学の心理学者ネルソンコーワンによって、健常者が持つ注意容量が「4チャンク前後」である、という結論が提示されています。

このことから、日本語の場合、健常者が理解しやすいといえる範囲内の文とは、主語から述語までの間に存在する節の個数が、4つ以下であるといえると、私は考えています。

   

聴覚情報処理機能の低下症状を引き起こす疾病

さて、ここからが本題です。聴覚情報処理障害の症状、メカニズムについて説明していきます。

聴覚情報処理機能の低下症状を引き起こす器質性精神障害は以下とおりです。

  1. 自閉症スペクトラムによる聴覚過敏など(→ 広義の聴覚情報処理障害)
  2. ADHD(→ 広義の聴覚情報処理障害)
  3. 特異的言語発達障害 (→ 狭義の聴覚情報処理障害

それぞれ、言語理解の情報処理過程に異常はありませんが、聴覚情報処理の補助的機能に悪影響が及んでいます。

このうち、広義の聴覚情報処理障害とその原因疾患に該当する精神障害の関係を紹介します。

 

1 自閉症スペクトラムによる聴覚情報処理機能の低下症状の聞こえ方

先述した、音声言語医学の臨床で報告されている聴覚情報処理機能低下の症状のうち、自閉症スペクトラム障害を持つ患者でみられる症状は以下の通りです。

  • 雑音など聴取環境が悪い状況下での聞き取りが難しい
  • 口頭でいわれたことを忘れることがある

小渕先生は、自閉症スペクトラム障害による聴覚情報処理機能低下の病理について、以下の見解を提示しています。

(弱い中枢統合のために、)入力された情報の仕分けが困難となり、雑音下での聴取が困難になると考えられている、また、大事な事柄に注意を統合できずに注意が拡散する。このため、さまざまな症状が出現すると考えられるが、その1つとして聴覚情報処理にも影響していると考えられる。*9

私は、自閉症スペクトラム障害の患者に認められる聴覚情報処理機能の低下には、自閉症スペクトラム障害が持つ以下の2つの特徴が原因であると考えています。

  • 聴覚過敏
  • 解離性

上記に列挙したそれぞれの特徴が聴覚情報処理にどのような悪影響を与えるかについて、それぞれ紹介します。

 

① 聴覚過敏による聴覚情報処理機能の低下のメカニズム

聴覚過敏は、自閉症スペクトラム障害ASD)の症状のひとつであり、聴覚刺激に対する脆弱な感受性を持つ特徴を意味します。具体的に表現すると、認知目標の音声の抽出をする際においても、その他の音声を聴き取ってしまうという、聴き取る音声の取捨選択の困難性です。そして同時に、不協和音で構成される聴覚情報を許容できないという特徴も含まれます。

すると、聴覚情報処理に必要になる補助的脳機能のひとつであるカクテルパーティー効果」を成立させる脳のはたらきのうち、雑音からの認知目標音声の抽出」が困難になります。一方の「未抽出音声の補完」のほうの悪影響の有無は不明ですが、どちらにせよ、その前提がクリアできていないのでカクテルパーティー効果の発揮されないことになります。

 

② 解離性による聴覚情報処理機能の低下のメカニズム

聴覚過敏から視野を広げまして、その原因疾患である自閉症スペクトラム障害による症状は、ほかにも解離性が認められます。

音声言語医学による臨床研究で報告されている症状のうち、「口頭でいわれたことは忘れてしまったり、理解しにくい」とは、解離性による症状です。その特徴は、口頭でいわれたことが丸ごと抜け落ちるというものであり、いわば「ALL or Not」 です。自閉症スペクトラム障害の解離についての詳細は、以下のHPで扱われています。

   

2 ADHDによる聴覚情報処理機能の低下症状の聞こえ方

先述した、音声言語医学の臨床で報告されている聴覚情報処理障害のうち、ADHDによって引き起こされる症状は以下の通りです。

  • 雑音など聴取環境が悪い状況下での聞き取りが難しい
  • 長い話になると注意して聞き続けるのが難しい

ADHDによる聴覚情報処理機能低下の病理について、以下の見解を提示しています。

注意の集中、持続、衝動性などの障害が見られ、様々な感覚での知覚、認知に影響を及ぼしうる。特に聴覚情報は視覚情報に比べて情報が残りにくいため、障害が顕著にみられやすい。*10

注意欠陥多動障害児は、聴覚提示された音に集中することが困難で、結果として音の理解や記憶が困難となる場合がある。これは、注意障害によって情報に集中できないためで、聴覚中枢自体に問題の中心があるわけではない。*11

注意欠如多動性障害(ADHD)は、神経伝達物質の脳内伝達が十分に行われない器質性精神障害であり、実行機能をつかさどるワーキングメモリネットワークの活動が低下しています。

その結果、衝動抑制・注意制御機能が無効化されるので、聴覚情報処理機能が低下します。

音の聞こえ方の特徴については、音声認識に対する感受性は健常者と変わらない点において聴覚過敏とは異なります。しかし、問題なのは、「目標音声の雑音からの抽出」から言語理解に至るまで、これらの認知を達成するために集中することが困難であることです。

例えば、雑音下でのコミュニケーションの際、

  • 目標以外の異なる雑音に注意が向かう
  • 聴覚情報処理以外のことを考える

といった行動が見られると推定されます。

 

「狭義の聴覚情報処理障害」は特異的言語発達障害である

1 症状の特徴

先行研究によりますと、精神医学が既に定義づけている精神障害ADHD自閉症スペクトラム障害)のどれにも当てはまらない、原因不明の聴覚情報処理機能の低下を抱える患者群が存在することが判明しています。 

成人例のうち6名については、明らかな背景要因が考えられず原因不明に分類した。…これらの対象者については、明らかな診断が行われていなくとも記憶や注意の面には弱さが見られると考えられる。 *12 

そして、この原因不明の聴覚情報処理障害では、前に紹介した聴覚情報処理障害の症状がすべて認められます。

福島、川崎(2008)の研究の中で記載されている、狭義の聴覚情報処理障害の症状が認められる患児の臨床データの内容*13は以下の通りです。

「会話が聞き取れない」ことを主訴に近医耳鼻咽喉科受診となるが、当初標準純音聴力検査結果が安定しなかったことから機能性難聴と判断される。しかし聴性行動の観察から御恩認知の低下が推定された…。

乳幼児期の発達経過に特記事項はない。滲出性中耳炎の既往、難聴の家族歴はない。

理学初見・神経学的所見:特記事項なし

頭部MRI所見:局所性病変を認めなかった

機能画像初見:SPECTにてisspで両側側頭葉後部内側の局所脳血流量の低下を認めた

総合所見:本症例では神経生理学的所見からは、末梢性の難聴とauditory neuropathy(中枢性難聴) は否定的であり、両側横側頭回を含む頭頂葉内側皮質領域の機能低下が語音聴取に影響をきたした可能性が示唆されている。 

 ここからは、私の持論を展開します。

原因不明である「狭義の聴覚情報処理障害」の正体のひとつとして挙げられるのは、特異的言語発達障害です。

 

2 特異的言語発達障害の特徴

特異的言語発達障害の症状は、先述した音声言語医学の臨床で報告されている聴覚情報処理障害の症状がすべて認められます。

特異的言語発達障害の本質は、音韻ループの無効化であり、そしてその原因は注意容量の狭小化による、脳内マルチタスク機能の無効化です。

特徴① 言語理解力及び言語運用力の低下

聴覚情報処理障害の研究では聴覚的言語の理解のみに焦点が当てられています。しかし実際には、聴覚情報処理障害の原因疾患である特異的言語発達障害では、聴覚情報だけでなく視覚情報、そして理解だけでなく運用にも困難性が認められます。言い換えると、狭義の聴覚情報処理障害に限らず、「口下手」、「遅筆」、読解力の低下(理解が遅い)という特徴をもちます。

  • 視覚言語情報処理の低下:複雑な統語構造を持つ文の理解が苦手である。
  • 言語運用の困難:複雑な統語構造を持つ言語情報の出力が苦手。視覚言語情報、聴覚言語情報の種類を問わない。

「言語運用の困難」とは、おおよそ以下のツイートのなかで書かれているような状態を指します。

 

特徴② 機能代償による易疲労性

言語理解力が低下した状態で言語理解を実行するためには代償機能を使います。機能代償を利用している特異的言語発達障害の患者の脳では、健常者と比べて広範囲の脳組織を利用するため、易疲労性につながります。

 

特徴③ 言語発達遅滞

特異的言語発達障害はその性質上、幼少期の言語発達に悪影響を及ぼします。ちなみに言語性知能の低下は見られませんが、複文の理解および運用が困難であるため、言語発達が通常より遅くなります。

  

3 特異的言語発達障害を引き起こす原因疾患

ワーキングメモリネットワークを構成する前頭前野背外側部(DLPFC)が担う機能の低下が、特異的言語発達障害を引き起こします。

これは、あくまで私自身のデータに基づくものですが、特異的言語発達障害を引き起こす疾病の一つに、頭蓋骨縫合早期癒合症が挙げられます。

頭蓋骨縫合早期癒合症が引き起こす頭蓋内圧亢進の途中経過の中に、狭小化した頭蓋骨による大脳新皮質の圧迫があります。これが、大脳新皮質が担っているワーキングメモリ機能の低下を引き起こし、その結果、言語発達に悪影響を及ぼします。

 詳細は以下の記事をご覧ください。

 

参考文献、聴覚情報処理障害に関する著書、研究 

  • 福島邦博、川崎聡大 「聴覚情報処理障害について」

  •  小渕千絵「聴覚情報処理障害の評価と支援」


  •  太田富雄、八田穂高「聴覚情報処理障害の用語と定義に関する論争」

  •  太田富雄、八田徳高、福永直哉「聞こえの困難さを訴える成人症例2例の聴覚情報処理の特徴」

http://www.kawasaki-m.ac.jp/soc/mw/journal/jp/2018-j27-2/P449-P455_hatta.pdf

  •  小渕千絵、原島恒夫「きこえているのにわからない APD[聴覚情報処理障害]の理解と支援」 
きこえているのにわからない APD[聴覚情報処理障害]の理解と支援

きこえているのにわからない APD[聴覚情報処理障害]の理解と支援

 

*1:福島、川崎, 2008 P. 1

*2:小渕, 2015, p. 302

*3:福島、川崎, 2008, P. 5

*4:福島、川崎

*5:太田、八田, 2010 抄録

*6:小渕, 2015 p. 302

*7:八田、福永、太田, 2018 p. 449

*8:

www.nhk.or.jp

*9:小渕, 2015, p. 302

*10:小渕, 2015, p.303

*11:福島, 川崎, 2008, p.2

*12:小渕, 2015, p. 303

*13:福島、川崎, 2008, P.5