「封印」されしアタマのなかより(大人の早期癒合症)

認知心理学の研究をする頭蓋骨縫合早期癒合症の成人当事者が考えたことを書いていきます。扱っている症状は原因不明のものばかり(泣)。当ブログの記事における内容及び理論は無断転載及び引用は禁止です。

<軽度三角頭蓋の治療をめぐる論争②> 手術についての肯定説、および否定説の根拠理論について(改訂版)

 

頭蓋骨縫合早期癒合症の議論の中で、最大の焦点といえるのが、「精神症状の解消を目的とした軽度三角頭蓋の手術の有効性を問う議論」でしょう。

早期癒合症の治療をめぐる論争は、「早期癒合症と発達障害との関連性が認められない」という精神医学の主張が現状優勢です。脳神経外科学は精神医学の意向に沿うかたちで、基本的には「頭蓋内圧亢進症状の解消を目的とする早期癒合症の手術」を行うことのみを公式的に認めています。

しかし、そういった状況下で軽度三角頭蓋の幼児患者に対する治療が、美容整形手術という名目で下地武義先生によって実施されています。当然のことながらこの手術が実施されていることに対する否定的な意見は多く、今日までの間に日本児童青年精神医学会が、下地武義先生に対する否定的声明を公に発表しているという状況です。


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今回の記事では、「精神症状の解消を目的とした軽度三角頭蓋」(以下、軽度三角頭蓋の手術)の手術についての肯定派および否定派の意見を紹介します。

 

 

第1 はじめに

ここでは、日本児童青年精神医学会発行の機関誌「児童青年精神医学とその近接領域」(詳細は記事末に記載)の内容を引用しつつ、現段階の脳神経外科学による、軽度三角頭蓋及び早期癒合症の治療についての諸先生方の見解を紹介します。

日本児童青年精神医学会といえば、軽度三角頭蓋の手術に対して否定的姿勢を掲げている団体の代表格です。その機関誌には、軽度三角頭蓋の手術の肯定説を採用する側と否定説を採用する側のあいだで交わされた議論の内容が記されています。

冒頭でも記したように、パネルディスカッションを主催している日本児童青年精神医学会は、軽度三角頭蓋の手術について全面的に否定しています。

倫理委員会では、・・「臨床症状を伴う三角頭蓋」を発端に行われてきた、発達の障害を有する子供に対しての軽度三角頭蓋の外科手術について、倫理的側面から検討を加えてきた。・・当学会は、警告と見解を示してきた。(P.151)

 

宮嶋雅一先生のご発表および下地一彰先生らのご報告は、当委員会として同意できるものではない。(P.152)

当然のことながら、軽度三角頭蓋の手術に対して否定的な意見のほうが圧倒的多数に上っています。

 「単一縫合早期癒合症には頭蓋内圧亢進や発達障害は生じないという一般的な考えにより、軽度三角頭蓋の手術に対して、多くの小児科医をはじめ小児脳神経外科医においても批判的」(P.156)

 

第2 軽度三角頭蓋の手術の肯定説(手術の効果の存否について)

1 治療の目的、精神症状についての見解

パネルディスカッションのなかで表明した下地氏の軽度三角頭蓋についての見解は以下のとおりです。

言語発達の遅れなどの臨床症状がみられる患児の中に、前頭部の骨性隆起を認め、前側頭部の陥没が顕著である特徴的な頭蓋形態を呈する群が存在する(P152)

 

手術の際に、「窮屈な部屋を広げることで症状改善する可能性がある」「あくまで頭蓋内圧亢進の治療」と説明していると述べると同時に、脳圧の亢進は、「急激に起こると頭痛や嘔吐をきたすが、慢性的に起こると発達障害になる」 (P.152)

 

軽度三角頭蓋の患者に診られる精神症状について、「精神運動発達障害」(精神発達遅滞と同義)という名称以外に、下地武義先生は「自閉的症状」という表現を用いています。このように早期癒合症の精神症状が「発達障害」であると結論づけていますが、現時点の精神医学で定義づけられている精神障害概念の名称を用いていません。また、自閉症スペクトラム障害との関連性を否定しています。

 

慢性的な頭蓋内圧亢進が、発達障害(「精神運動発達遅滞」であると定義づけている)を引き起こすこと、そして手術により軽度三角頭蓋の病態を改善した結果、精神症状が解消されるケースが多かったことより、軽度三角頭蓋の手術の効果性を提唱しています。

 

2 見解と事実の矛盾点

軽度三角頭蓋の手術の目的について、下地一彰先生は「頭蓋内圧亢進の治療」と発表しています。しかし、実際には美容整形手術の名目で、軽度三角頭蓋の手術が下地武義先生のもとで行われています*1。例えば頭蓋内圧亢進症状を行っていない軽度三角頭蓋の幼児患者に対しても、治療を施すことが可能となっています。

このことは、後述する脳神経外科学の意向を無視した「超目的的治療」であるため、否定説の根拠となっています。

 

3 軽度三角頭蓋の治療決定基準

通常の早期癒合症を診断するときに利用する基準についての記述は、以下の通りです。

前頭縫合はほかの頭蓋骨縫合と異なり、健常児でも3か月から癒合が始まり8か月ごろまでに癒合が完成する。そのため8か月以降に認められる前頭縫合隆起のみでは病的所見とは呼べず、前頭部大脳圧迫所見、眼窩間距離短縮、眼窩の変形を伴うものが三角頭蓋と診断される。(P.159)

 

これに対し、軽度三角頭蓋を診断、および治療についての記述は以下の通りです。

「早期癒合の診断基準にグローバルスタンダードはなく、下地武義先生の研究に照らした基準」(P.152)

 

第3 脳神経外科学による否定的見解

1 早期癒合症の手術の目的についての見解

「早期癒合症に対する手術の目的は、頭蓋形態の改善と、頭蓋容積拡大によって脳の病的圧迫を解除すること、そして慢性的頭蓋内圧亢進による二次的脳障害を予防することである。頭蓋内圧亢進が存在すれば早期減圧が望ましい。」(p159)

 

「頭蓋骨縫合早期癒合症では、手術によって改善が期待できるものはあくまで頭蓋形態と頭蓋内圧亢進であり、精神発達を促すことは手術の主目的とはなりえない」(P160)

 

「二次的脳障害」の内容は、頭蓋内圧亢進症状の身体症状を指しています。すなわちこの概念には、下地一彰氏が主張する「発達障害」となる精神症状を含みません。

要約すると、脳神経外科学は、頭蓋内圧亢進を伴わない早期癒合症が精神症状を引き起こす現象を完全に否定しています。

 

2 治療方針アルゴリズムの存在

脳神経外科学は、早期癒合症の治療を通して培った知見をもとにして、早期癒合症(軽度三角頭蓋を含める)に対する「治療方針アルゴリズム、すなわち診断結果から治療を実施するか否かを決めるためのルールを定めています。

 

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P. 160より引用 

その内容を説明すると、以下のような流れになります。

① 外見的所見の確認:頭蓋変形が重度か、あるいは軽度か

頭蓋縫合上の骨性隆起の存在が認められた場合、頭蓋縫合早期癒合症の診断が確定される。この際、頭蓋変形が重度の場合、頭蓋拡大形成術を実施する。

一方で頭蓋変形が軽度である場合、次の②の診断に進む。

 

② 頭蓋内圧亢進症状の存否確認

眼底検査および頭蓋内圧測定術により、頭蓋内圧亢進が認められた場合、頭蓋拡大形成術を実施する。

一方で頭蓋内圧亢進が認められなかった場合は、経過観察となる。

 

3 軽度三角頭蓋の手術を否定する根拠

早期癒合症の「治療方針アルゴリズム」を軽度三角頭蓋に当てはめると、以下のようなプロセスを踏みます。頭蓋変形の程度は軽度であるため、頭蓋内圧亢進症状の存否を確認するプロセスが必要になります。仮に頭蓋内圧亢進症状(特に頭蓋内圧亢進の三徴)が存在していれば、手術確定になります。しかし、これが存在していない場合、手術を受けることは不可能であり、経過観察となります。

早期癒合症における精神症状の有無や、そのほかの身体症状を持っていることは、脳神経外科学による早期癒合症の治療必要性を判断するうえでは、考慮の範囲外の要素になります。

つまり、ほとんどのケースにおいて頭蓋内圧亢進症状が併発しない軽度三角頭蓋は、たとえ精神症状が現れていたとしても、脳神経外科学的には手術対象になりません。

 

よって、脳神経外科学の理論によると現在行われている軽度三角頭蓋の手術は、

・美容整形手術であること

・頭蓋内圧亢進症状がなくても手術が可能であること

という特徴を持つため、脳神経外科学による治療方針アルゴリズムに反することという結論に至ります。

 

 

第4 小児科学による否定的見解

1 根拠についての記述

日本小児神経外科学会の理事会による、軽度三角頭蓋の手術に対する否定的見解の根拠は以下のとおりであるとしています。

・従来、発達障害に対する本術式の有効性は認められていない

・診断、治療効果判定、予測リスクなどの検討が極めて不十分であり、現時点では発達障害の治療として実験的治療であると言わざるを得ない。 (P. 157)

 

2 軽度三角頭蓋の手術についての性質上の問題点(抜粋のみ)

手術自体の発達障害に対する効果、形態以上の基準、頭蓋内圧や脳血流測定と症状との関連などのいずれも明確ではない。…一般的に子供の医療行為の承諾は、親が代理で行うことが認められているが、あくまで代諾である以上、その医療行為は確立されたもの、もしくは十分な合理性のあるものでなくてはならない。もし、治療方法に合理性がなければ、子供への人権侵害に陥りかねない。(P. 158)

 

第5 <まとめ> 軽度三角頭蓋の手術に対する否定説の根拠

軽度三角頭蓋の手術について肯定するか否かという問いに対する答えは、軽度三角頭蓋と精神症状との間にある関係性の有無に対する考え方によって決定されるといえます。

軽度三角頭蓋の幼児患者と実際に接触している下地先生方は、アポステリオリに軽度三角頭蓋と精神症状の因果関係の存在を導き出しているにとどまっており、これを病理学的に実証できていない状態です。軽度三角頭蓋の手術について否定的な声明を表明している脳神経外科学及び小児科学の意見に共通する根底部分とは、軽度三角頭蓋と精神症状の因果関係を病理学的に導き出していない段階の中で手術を実施することに対する危惧のあらわれであるといえます。

 

第6 論評(記事リンク)

当ブログでは、参考文献を論評しています。その内容につきましては以下の記事をご覧ください。

 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

 

第7 参考文献

一般社団法人 日本児童青年精神医学会 「児童青年精神医学とその近接領域」 第57巻 第1号(2016年)

リンク↓

国立国会図書館オンライン | National Diet Library Online