「封印」されしアタマのなかより(大人の早期癒合症)

認知心理学の研究をする頭蓋骨縫合早期癒合症の成人当事者が考えたことを書いていきます。扱っている症状は原因不明のものばかり(泣)。当ブログの記事における内容及び理論は無断転載及び引用は禁止です。

音読に効果はあるのか?音読と読解の関係についての論考

読解のためには音読をするとよいといわれています。

言語科目では音読教育が行われています。それは

「音読ができるならば、読解ができる」

という観念が働いているためだといえます。

 

しかし、オンラインの検索ボックスに「音読」と入力しますと、検索候補に

「音読しても理解できない」

「音読 意味ない」

という言葉が並んでいます。

 

実は、私自身、音読をしてもその内容が頭に入らないことが多くあります。

音読はかなり得意な方で、途中でつまずくことなく音読できるので、国語の朗読ではアナウンサーになったような気分でいました。しかし、どんなに流暢に音読したものでも、その内容を理解していないのです。

読書ができなくなる要因としてよくピックアップされるうつ病にかかったことはありませんし、古典的な言語障害(感覚性言語障害)もありません。

むしろ、読める漢字は人一倍多いですし、英語の点数を英文法で稼いでいたぐらいですから、言語能力は低くないと思います。

 

ただ、読解力がなかった。

黙読はもちろん、音読をしても読んで理解した内容が、頭から抜け落ちていくのです。だから、文として理解できない。

 

そこで、今回の記事で「音読ができるならば読解ができる」という命題は偽であると主張する根拠を提示しようと思います。

 

内容の要点は以下の通りです。

・音読は読みへの集中を促進する効果を持つ。

・しかし、読みに集中しても読解できない場合がある。

 

目次

 

第1 音読と集中力

1 なぜ先生は生徒に音読をさせるか

文章読解をさせるとき、必ず先生は音読をさせると思います。例えば、語学(国語)の授業では先生が生徒を指名し、「○○さん、ここを読んでください」といいますね。なぜこういう教育手法を採用しているのでしょう?

 

それは音読が読解しているか否かを客観的に確認できる手段だからです。黙読では、本人が読んでいるかどうかを確認できませんからね。

 

2 音読と黙読

読む行為には、音読と黙読の2種類が存在します。

黙読は声に出さずに読む行為です。読んでいる当人は声に出していないので、客観的に読んでいるかどうかがわかりません。それに読むべき当人も、いつの間にか「字面を眺めている」状態で、読んでいないなんてことにもなりかねません。

一方で、音読のほうは、読んでいる内容を声に出すことで読んでいることを対外的にアピールできるという点で、客観的に読んでいることを確認できる手段です。

 

3 音読教育の目的:衝動抑制および注意制御機能(実行機能)の促進

多くの場合、子供は集中(注意制御機能)をすることを知りません。読む行為についても同様に、読むことに集中するという経験がなければ、当然のことながら読んで理解する(読解する)ことを学習していません。

そこで、子供たちの読む行為に対する注意制御を促進させるために音読をさせる、というのが音読教育です。その根拠理論を提言三段論法形式で表すと、以下の通りになります。

 

(音読教育の根拠理論)

・音読をすると、読む行為に対する集中力が高くなる。

・読む行為に対する集中力が高ければ、読解ができる。

・ゆえに、音読ができるならば、読解ができる → 「音読教育」

 

すると、音読の精度が低く、ぎこちなく読んでいるとき、読みに対する注意制御が実行されていないと判断できます。一方で音読の精度が高く、すらすらと読めるようになったとき、その人物の読みに対する注意制御が十分に実行され、集中力が高い状態になったといえます。

音読が集中力を高める方法として有効なのは、教師と生徒の関係だけではありません。音読は、読む当人にとっても読む行為への集中力を高めるための良い手段になります。

 

第2 「音読ができるならば、読解ができる」の嘘

1 「読む行為に集中すると読解できる」は、真であるとはかぎらない

実は、読みへの集中度以外に読解力を決定する条件が存在します。そして、その条件を満たさなければ、どんなに読みに対して集中していたとしても、読解できるとはいえません。

すなわち、先に紹介した音読教育の根底理論には反論の余地があるのです。

「読む行為に対する集中力が高ければ、読解ができる」

というのは、必ずしもそうであるとはいえないということです。すると、同時に

「音読ができるならば、読解ができる」

というのも、偽となります。言い換えれば、音読ができるからといえ必ずしも理解ができるとは限らないということです。

 

2 2つの「読み」(音読と読解)は別の認知行為である

音読をすると読解力が向上する理由を説明する前に、音読と読解は別のプロセスであることを提示します。

両者の情報処理の概略は以下の通りです。

 

音読は入力処理と出力処理を含みます。はじめに文字をワーキングメモリに貯蔵します。次に言語中枢が聴覚言語情報に変換したのちに、その音声を出力するという行為です。

 

入力処理:視覚言語情報(文字)

変換処理:視覚言語情報(文字) → 聴覚言語情報(音声) 

出力処理:聴覚言語情報(音声)

 

 

読解は、純粋な入力処理です。

ワーキングメモリに貯蔵された文字は、言語中枢によって意味情報に変換処理される、というプロセスで構成されています。

 

入力処理:視覚言語情報(文字)

変換処理:視覚言語情報(文字) → 意味情報

出力処理:なし

 

3 「音読をすると読解できる」の真相

通常の人間の場合、確かに音読ができれば、同時に理解もできます。その原因は、音読と読解に共通するプロセスである「視覚言語情報の入力処理」の存在にあると私は考えます。そして、視覚言語情報の入力に集中(注意制御)した結果の「随伴効果」(音読に集中すると読解も集中でき、逆に音読に集中できなければ読解もできないというものです。

 

4 音読するときにおけるワーキングメモリの情報処理

音読と読解の比較について先の分析ではどのように情報が変換されるのかという焦点で分析しましたが、今度はワーキングメモリ内での情報の貯蔵と保持の様子について分析します。

音読とは、「句」単位の認知行為の繰り返しです。「句」を読み取り、発音するだけでよいので、過去に読み取った「句」を保持しなければならないというわけではありません。

音読における情報処理の仕組みは以下の通りです。

 

----(句の入力)----

① 貯蔵

視覚言語情報をワーキングメモリへ貯蔵。

② 変換

貯蔵した視覚言語情報を「聴覚言語情報」に変換。

----(句の入力)----

③ 貯蔵

④ 変換

----(句の入力)----

⑤ 貯蔵

 

このことから音読とは、

「単独の情報処理によって達成可能な認知行為の繰り返し」

であるといえます。

 

5 読解するときにおけるワーキングメモリの情報処理

一方の読解は、文の認知になりますので、「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」であるといえます。

「文」の認知をする場合においても、人間が言語を理解するときの単位が句であることには変わりありません。しかし、文の意味情報を獲得するためには、すべての句の意味情報がそろっていなければなりません。ゆえに句を「保持」しながら、新たな句の意味情報を貯蔵する必要があります。これこそ「脳内マルチタスク」です。

読解における情報処理の仕組みは以下の通りです。

 

----(句の入力)----

① 貯蔵

視覚言語情報をワーキングメモリへ貯蔵。

② 変換

貯蔵した視覚言語情報を「意味情報」に変換。(変換の主体は感覚性言語中枢。ワーキングメモリではない。)

③ 保持

意味情報を保持する。

----(句の入力)----

④ 貯蔵

⑤ 変換

⑥ 保持

これらのプロセスは前の句の意味情報を保持しながら行われる。

----(句の入力)----

⑦ 貯蔵

 

 

6 「音読しながら読解する」ときにおけるワーキングメモリの情報処理

音読と読解の間には「随伴効果」(音読に集中すると読解も集中でき、逆に音読に集中できなければ読解もできないというもの)があると書きました。

この「音読をしながら読解をする」というマルチタスクにおける情報処理の仕組みは以下の通りです。

 

----(句の入力)----

① 貯蔵

視覚言語情報をワーキングメモリへ貯蔵。

② 変換

A:貯蔵した視覚言語情報を「意味情報」に変換。

B:貯蔵した視覚言語情報を「聴覚言語情報」に変換

③ 保持および出力

A:意味情報の保持

B:聴覚言語情報の出力

 

----(句の入力)----

④ 貯蔵

⑤ 変換

⑥ 保持および出力

これらのプロセスは前の句の意味情報を保持しながら行われる。

----(句の入力)----

⑦ 貯蔵

 

 

第3 集中しても読解ができない人 → 特異的言語発達障害

基本的に人間は読みに集中するとその内容を理解できるようになっています。

しかし、例外が存在します。音読がスラスラできるのに、その内容を理解できない人は、「脳内マルチタスク」を実行する機能が無効化されている状態です。すなわち、それは「ワーキングメモリ容量減少症候群」の言語症状である特異的言語発達障害です。

脳内マルチタスク不全症候群による特異的言語発達障害は、音読をして読みに集中できたとしても、その内容の理解が困難であるという症状が現れます。

 

脳内マルチタスク不全症候群及び特異的言語発達障害についての詳細は以下の記事で紹介しています。↓

  

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

  

第4 「脳内マルチタスク」が使えない人の読解を手助けしている能力

「脳内マルチタスク」を実行できないとなれば、これまでの理論に従うと文を全く理解できないという結論に至ります。

しかし、実際のところ、まったく読解ができないというわけではありません。当事者の私の場合ですが、簡単な統語構造の文などの理解には問題がありませんし、難解な統語構造の文を入力した場合、部分的には理解しているのです。

このことの原因については、ほかの認知能力を用いた代償的な認知機能(例えば追唱による意味理解など)が実行されていることが原因ではないかと考えています。

まだこれについては考えがまとまっていないので、まとまり次第記事としてまとめます。

 

第5 (結論)音読教育の効果:読解ではなく読みへの注意制御を目的

ここで、音読教育の根拠理論に振り返ってみましょう。

 

①音読をすると、読む行為に対する集中力が高くなる。 → 真

②読む行為に対する集中力が高ければ、読解ができる。 → 偽

③ゆえに、音読ができるならば、読解ができる。 → 偽

 

②および③の部分が偽であることをお判りいただけたでしょうか。

いわば子供に注意制御機能を身に着けさせるというのが、学校教育の使命といっても過言ではありません。子供の学業不振の原因の大多数は集中力の欠如でしょう。ゆえに音読教育には存在意義があります。

しかし、音読はあくまで「読む行為」への注意制御を促すための手段でしかありません。

 

読解の可否を決定づける要素は集中力の高さ以外にも以下のように存在しています。

・語彙、文法の理解度

・「脳内マルチタスク機能」の有無

語彙や文法の理解度については、それこそ一般教育のなかで教えていけばよいので問題は解決できます。一方の「脳内マルチタスク機能」に問題がある特異的言語発達障害(「ワーキングメモリ容量減少症候群」)を原因とする読解力の低下であれば、それは一般教育にとって「想定外」のことですので、太刀打ちできないでしょう。臨床の現場でも、特異的言語障害はあまり認知されていないのが現状です。