コミュニケーション障害(以下、コミュ障)とは、相手とのコミュニケーションに何らかの障害が生じている状態を指します。
ここでは性格や一時的な心理状態や知識の有無などとは関係のない、真正のコミュ障を認知科学の視点で分析します。
- 第1 コミュニケーション能力とは(「コミュ強」の特徴)
- 第2 コミュニケーションと認知
- 第3 コミュニケーション能力の分析
- 第4 コミュ障のタイプ: 「言語障害」
- 第5 コミュ障のタイプ: 「非言語的認知障害型コミュ障」
- 第6 コミュ障のタイプ: 「ワーキングメモリ機能障害型コミュ障」
- 第7 コミュ障のタイプ: 「ワーキングメモリ容量障害型コミュ障」
- 第8 その他のコミュ障類型
第1 コミュニケーション能力とは(「コミュ強」の特徴)
ここで扱う「コミュニケーション」とは
他者(人間)との間でかわす、言語情報や非言語情報を利用した情報交換行為
を意味します。
初めに、そのコミュニケーション能力が高い人物、いわゆる「コミュ強」の特徴について考えてみました。
・聞く能力が高い
→・話の理解力が高い。
・話の行間を読む力が高い
・話す能力が高い(流暢性)
・話す内容の構造、論理性が明快
・話題提供能力が高い
・TPOをわきまえたコミュニケーションの態度をとる能力が高い
など。
コミュニケーション能力とは、円滑かつ良質なコミュニケーションを提供するための能力です。
コミュニケーション能力は一つの指標で評価できるものではありません。コミュニケーションをする際には様々な認知能力が働いているからです。
すなわち、「コミュ障」について語るためには、コミュニケーションをするうえで関係のある認知機能のうち、どの部分に問題があるかを分析するべきだと私は考えます。
ではつぎに、コミュニケーションにかかわる認知能力について紹介します。
第2 コミュニケーションと認知
1 言語情報と非言語情報
コミュニケーションの材料、すなわち相手と自分自身の間で交わされるものは、言語情報と非言語情報が挙げられます。言語情報とは単語や文などの言語を用いた情報です。しかし、これだけではすべてのコミュニケーションで「相手の意図」を推察するのは不十分です。この部分を補充するような形で媒体として用いられる情報が、非言語情報です。言語情報以外でコミュニケーションに必要な情報で、例えば、相手の感情や場の雰囲気、言語情報の言外の意味などがあげられます。
2 情報の入力、および出力のプロセス
入力プロセス
言語情報&非言語情報を受信 → ワーキングメモリに格納、解釈
① 相手から発信された言語情報及び非言語情報を収集し、ワーキングメモリに格納します。
② 認知機構がワーキングメモリ内に格納された情報を解釈し、「概念化」します。
出力過程プロセス
情報化以前の「概念」を構築 → ワーキングメモリに貯蔵、変換 → 相手に発信
① 自己の内面から構築された情報化以前の「概念」が、ワーキングメモリに配置されます。
② ワーキングメモリの中で、配置された概念を言語情報及び非言語情報に変換します。
③ これらの情報を相手に発信します。
コミュニケーションのプロセスを入力の場合と出力の場合とで分類すると、このように行われています。つまり、これらのプロセスのなかに、問題が生じてると、真正のコミュ障が現れるのです。そして、それぞれのタイプのコミュ障で、問題が生じているプロセスはそれぞれ異なります。
第3 コミュニケーション能力の分析
次に、細分化されたコミュニケーション能力について紹介します。
1 情報伝達速度
言語をつかった情報処理の速度が早いほど、情報伝達もスムーズになります。コミュニケーション能力そのものというよりは、コミュニケーション能力を支えるアクセサリのような要素です。しかし、コミュニケーションをするうえで重要な要素であります。
情報伝達の速度を決定づける要素は、同時処理能力、すなわち、中央実行系(ワーキングメモリ)の容量です。
もし、情報伝達速度に問題が生じているとすると、それはのちに紹介するコミュ障のひとつである「ワーキングメモリ容量障害型コミュ障」かもしれません。
2 選択的注意(カクテルパーティー効果)
同時に複数の情報が存在している環境下で、認知対象と判断した情報を認知するために、注意を向ける機能を選択的注意といいます。その正体はワーキングメモリの注意制御機能です。
この機能はコミュニケーションをするうえでも必要な機能です。複数の言語情報、あるいは音情報、雑音があるなかで、人の話を聞く際に選択的注意が機能することで、複数の音が「混線」することなく、目的の言語情報を収集できるのです。
もし、この選択的注意の機能が低下している状態であれば、それはのちに紹介するコミュ障の一つ、「ワーキングメモリ機能障害型コミュ障」かもしれません。
3 言語的コミュニケーション能力
言語を扱うための能力です。感覚性言語能力と運動性言語能力に分類されます。
・感覚性言語能力
知っている言葉の意味を適切に理解する能力であり、また、脳の中で想起された言語化される前の概念状態から適切に言語化する能力でもあります。
言語学者ソシュールの言葉を借りれば「連合」を理解する力です。
・運動性言語能力
既知の言葉を組み合わせて文を生成する能力として、言語学によって定義づけられた言語能力です。言葉を適切な品詞配置に置く能力です。言語学者ソシュールの言葉を借りれば「連辞」を運用する能力です。
この言語的コミュニケーション能力に問題が発生している状態を「失語症」といいます。
4 非言語的コミュニケーション能力
相手が話した言葉を聞き、返答するまでの過程にある非言語的行為が、TPO(Time, Place, Occasion)という「社会性」の観点からふさわしいものであるか否かという基準です。言い換えれば、この要素は「空気を読む」能力とも言えます。
発達障害に関する議論のなかで、一番重大な問題となる能力として有名です。この部分の詳細は別のHPをご覧ください。
この能力に問題が発生すると、のちに紹介するコミュ障のひとつである、「非言語的認知障害型コミュ障」の症状が現れます。
第4 コミュ障のタイプ: 「言語障害」
特徴
・感覚性言語障害 → 言語名称目録の構造破綻(言葉とその意味の不一致)のため、言語を理解できない状態
・運動性言語障害 → 文の形成が困難な状態
医学の表現を借りれば、「感覚性言語障害(感覚性失語)」、「運動性言語障害(運動性失語)」といった病名になります。
先天性のものではなく、交通事故による脳挫傷や脳卒中の後遺症として顕現する障害ですので、高次脳機能障害に位置付けられます。
第5 コミュ障のタイプ: 「非言語的認知障害型コミュ障」
特徴:非言語的コミュニケーション能力の欠如
・相手の表情、周囲の雰囲気の変化といった「空気」を読み取れない
・言葉を字義通りに理解できる一方で、いわゆる「行間」を理解できない
・婉曲表現の理解、行使ができない
など
非言語的コミュニケーションができないタイプのコミュ障は、いわゆるASD(自閉症スペクトラム)の特徴です。心理学表現を借りれば、「認知的共感」という認知能力の欠陥が原因です。
第6 コミュ障のタイプ: 「ワーキングメモリ機能障害型コミュ障」
特徴:
・カクテルパーティー効果(周囲の雑音から目的の音を拾い認知する)の機能不全
・衝動的なリアクション
・会話内容の変更を嫌う
こちらのタイプは、ADHDの症状が原因のコミュ障です。ADHDはワーキングメモリが本来もつとされる抑制機能や注意制御機能が低下していることを踏まえると、以上のような特徴を持つコミュ障となることを導き出せるかと思います。ADHDのそれぞれの特徴が引き起こすコミュ障の症状を具体的に紹介します。
1 抑制機能の低下
一番目立つ症状が、衝動的なリアクションでしょう。これは、ワーキングメモリの抑制機能が低下したときに発生します。通常、扁桃体の信号(感情)を抑制する機能が働いていますが、これが機能しなければ、行動に感情がそのまま反映されるようになります。
A 扁桃体の感情が好転したとき
・興味のある話題に移った → 自分が話すことに快感を覚える → 話すことがやめられない → 話し続ける。
・発言したいことがある → 発言を我慢できない → 蛇足発言、話の流れ(論理性)に欠いた発言をする。
B 扁桃体の感情が悪化したとき
・興味のない話題に移った → 話を聞くことに我慢ができない → 話を聞かなかったり(上の空)、注意がそれたりする。
抑制機能が働かなくなると程度の差こそあれ、以上のような症状が現れるようになります。その結果、「自己中心的なリアクションを衝動的にとっている」と客観的に評価されてしまいます。留意点として、これらの症状は、本人の意思に関係なく引き起こされてしまうものなのであることを最後に記載いたします。
2 注意制御機能の低下
注意制御機能とは、注意を適切な方向に向ける機能を意味します。この機能が低下すると、選択的注意ができなくなります。具体的には以下のようなコミュニケーションの弊害が発生します。
・複数の言語情報が存在している環境下から、認知対象とするべき言語情報に注意を向けられない(=カクテルパーティー効果の欠如)
・自分の思考に注意が向けられすぎることにより、相手の話を聞きそびれる。
第7 コミュ障のタイプ: 「ワーキングメモリ容量障害型コミュ障」
特徴: 情報伝達速度に難がある状態
・口下手である(複雑な構造の文を話すとき)
・言葉を想起するのが遅い
・相手が話している内容を理解できなくなることがある(複雑な構造の文を聞くとき)
・言い間違いが多い(特に名詞)
こちらのタイプは、私が提唱する「注意欠陥症状」が発端となっているコミュ障です。
簡単に言えば「頭の回転が悪い」、「要領が悪い」症状が、コミュニケーション能力に悪影響を与えています。ここでいう「頭の回転」というのは、本質的な知能、創造性に関する頭の回転ではなく、それはワーキングメモリの容量に該当します。
・言語情報を1つしか認知できない
仮に、同時に複数の言語情報が存在する環境に、当事者が置かれたとします。
このコミュ障の場合ワーキングメモリの機能低下は起きていないので、認知対象のとするべき言語情報に注意を向けることはできます。
しかし、「マルチタスクができないという体質」であるため、複数の言語情報を認知できません。
ワーキングメモリの小容量化が引き起こす認知の問題は、通常の認知行為ならばこれだけなのですが、言語情報認知の量だけでなく、言語情報認知の中身にも悪影響を与えます。
・言語情報認知能力の悪影響
悪影響と書きましたが、簡単で短い構造の文、例えば名詞だけの文だとか、第1文型(主語と述語だけで構成されている状態)の文が相手ならば、ワーキングメモリが小容量であっても理解するのは容易です。
通常、言語情報を認知する際にも、言語情報の収集と言語情報の解釈のマルチタスクが同時に行われます。そしてこれらの行為は、限りなく同時に行わなければなりません。
しかし、ワーキングメモリが小容量である場合だと、マルチタスクができません。ゆえに、同時進行するべきこれら2つの行為を順次に行わざるをえないため、その結果タイムラグが生じます。このタイムラグが言語情報を理解するうえで致命的です。
コミュニケーションで扱う言語のかたちが、単語だけという場面はあまりありません。むしろ、往々にして複雑な構造を持つ「文」としての形を持っている場合がほとんどです。すると、この文が長くなるほど、言語情報を収集するべきタイミング(相手の言語情報の発信速度に準じる)と、言語情報を解釈する時間にタイムラグが生じ、「文」として理解ができなくなるのです。
以上が、「ワーキングメモリ容量障害型コミュ障」の真相です。
現在、研究途上である特異的言語障害のうち、少なくともワーキングメモリとの関係があると考えられる特異的言語障害は、この「ワーキングメモリ機能障害型コミュ障」だと私は考えています。
余談ですが、ワーキングメモリの容量と言語情報処理の関係をテーマとした記事を、後日リリースします。
第8 その他のコミュ障類型
これまでの紹介したコミュ障の分類は、言語認知や非言語認知という観点で行いましたが、他にもコミュ障はあります。
例えば、吃音や難聴。言語認知とは別に、コミュニケーションにかかわる器官の機能の異常が原因となって発生する障害です。
コミュニケーションを成立させるまでのプロセスは複雑です。それにかかわる部分の数だけ、障害はあるのです。