封印されしアタマのなかより(大人の早期癒合症)

主に認知系統の学問を題材に、論文の下書きのような感覚で情報発信しています。読みにくい文章ですみません。きっかけは特異的言語障害(SLI)・聴覚情報処理障害(APD)・注意欠陥症状(ADD)。頭蓋縫合早期癒合症の成人当事者です。中央実行系(ワーキングメモリ)について研究中。

軽度三角頭蓋と自閉症スペクトラムは無関係

軽度三角頭蓋の手術の是非を問う論争の原因のひとつに、軽度三角頭蓋と自閉症スペクトラムとの関係の有無という問題があります。

 

それでははじめに、その批判の原因となった部分について触れておきます。

下地医師によって軽度三角頭蓋の症状がリストアップされた統計には以下の「コトバ」があります。

・・・

自閉傾向(267例):人と目を合わせない、合いにくい、よそよそしい態度(Aloofness)、相互依存が無い、他人を気にしない(時に両親ですら)、他児と遊べない、ある物事へのこだわりが強い、などがあります。

・・・

 

この「自閉傾向」というコトバの存在が、軽度三角頭蓋と自閉症スペクトラムとのあいだに関係性があたかもあるかのようにみせている効果を持つということで、日本自閉症協会は当事者家族に対する警告としての声明をだしています。

 

と、ここまでが問題のあらすじです。

 

今回は自閉症スペクトラムと軽度三角頭蓋との関係性について考察します。

 

目次

 

第1 「自閉症状」「自閉傾向」という表現は不適当

下地医師側が公表している、軽度三角頭蓋に関する統計に記載されている「自閉症状」や「自閉傾向」という表現は、それが示す内容との関係性において不適当だというほかありません。

 

たしかに、この症状を表現するためのことば選びは難しいです。もしかするとまだ社会的に定義されていないかもしれません(最後に記載しました)。

 

しかし、これに「自閉」という表現をあてはめたのは確実に間違いです。自閉症スペクトラムの根幹症状となる認知的共感の欠如が表れていることを示すエビデンスがないかぎり、「自閉」というコトバを使用してはいけません。

 

第2 軽度三角頭蓋と自閉症スペクトラムの併発は偶然である

もし、軽度三角頭蓋と認知的共感の欠如が併発していたとしたら、その併発は必然ではなく、偶然的なものです。

 

第3 「自閉傾向」の真実

1. 根本的な原因

中央実行系の機能障害による不注意症状です。要するにワーキングメモリが小容量であることです。

ワーキングメモリが小容量であると、全ての情報処理活動を遂行するのが難しくなります。

 

2. 「自閉症状」の解析

自閉症状」が現れるまでの過程は以下のとおりです。

 

小容量なワーキングメモリ 

→ 情報処理活動の苦手さ(言語面を含める)

→ ・正、あるいは負の罰による行動変容(回避条件付け)

  ・「社会性」の未学習

 

例えば、他人と遊ぶか自分と遊ぶかという場面。

他人と遊ぶという行為は、内向的なの知的生産活動だけに収まらず、他人とのコミュニケーションという外向的な情報処理活動が必要不可欠になるわけです。いや、むしろ後者のみでも良いのかもしれません。

幼児同士の会話であればなおさらのことで、そのコミュニケーションのなかで扱う内容よりも、話す、聴くといった末端的な情報処理能力の優劣が重要な問題です。

 

情報処理活動の優劣とはその「速さ」によって規定されます。

 

最初はみんな情報処理が下手くそです。しかし、場数をこなしていけばコミュニケーション上の情報処理活動のコツがつかめてくるようにプログラムされているはずです。

 

しかし、一方で場数をこなしても、この情報処理能力がいつまでも遅いままで上達しなかったとしたらどうなるか?

すると、報酬を自分で感じ取れなくなるので、相手とのコミュニケーションをするよりも一人遊びのほうを好むようになります。これは回避条件付けの結果としての行動変容として考えるのが正しいと私は考えます。

 

3. 自閉症スペクトラムとの比較

自閉症スペクトラムであれば、他人と遊ぶという行為に対する反応は以下の理由でしょう。

・非言語的コミュニケーションの困難さ

・他者の意思によってもたらされる環境の変容に対する対応の難しさ

 

一方で、中央実行系の機能障害の場合、自閉症スペクトラムのような認知面の問題がなければ、他者に対する興味関心の程度は通常と変わりありませんので、基本的に

しかし、先の項で上げた理由から、他者とのコミュニケーションをするよりも、一人遊びをすることのほうを選ぶようになるのです。

 

第4 結論

軽度三角頭蓋の症状のひとつとして記載されている「自閉症状」という表現がふさわしくないといえる理由は、それが自閉症スペクトラムによる症状ではないからです。

この症状のことは極端、あるいは病的な「内向性」とでも言い換えられるべきなのかもしれません。

ただ、これはワーキングメモリの小容量化が引き起こしている心理学的事案であるということが伝われば幸いです。