「封印」されしアタマのなかより(大人の早期癒合症)

頭蓋骨縫合早期癒合症と容量性注意障害に関する当事者研究ブログです。主にワーキングメモリ(注意容量と音韻ループの関係)について研究しています。更新情報はツイッターで配信しています。(他キーワード:特異的言語発達障害、軽度三角頭蓋)

「ワーキングメモリ」とはなにか? / 発達障害との関係について(原因は「容量」の減少か?それとも「機能」の無効化か?)

通俗的にあいまいな使われ方をしている「 ワーキングメモリ」という表現について、神経心理学認知心理学の観点で考察し、発達障害との関連を言及しました。

キーワード:実行機能、アランバッデリー、ワーキングメモリネットワーク、前頭前野背内側部(DLPFC)、作動記憶、ネルソンコーワン、注意の焦点化、注意資源、自閉症スペクトラム障害ASD)、ADHD、処理速度、頭蓋骨縫合早期癒合症 

身近でホットな心理学概念:「ワーキングメモリ」

昨今のライフスタイルにおいては、機械を用いたオートマティズム化が進み、労働面においてもブルーカラーよりもホワイトカラーが占める割合が多くなるという世の中になりました。そんな現代社会において、「ワーキングメモリ」は、世間一般にとっても最も身近で関心を持たれている心理学概念であり、通俗心理学でも活発に扱われるようになってきました。情報化社会の性質が強くなるにつれて、「ワーキングメモリ」の重要性はさらに高まるでしょう。

「ワーキングメモリ」は労働面だけに限らず、学業面、そして日常生活面においても重要な役割を担っています。例えば人とのコミュニケーション、そして学校の勉強などにおいても「ワーキングメモリ」は重要です。

…と書きましたが、「ワーキングメモリ」が意味する内容を理解している人は少ないでしょう。

(知能検査を受けたことのある方であれば、「作動記憶」、「処理速度」に関する知能指数が「ワーキングメモリ」の性能に該当することはご存知かと思います。正解です。)

今回の記事のテーマの目的は、「ワーキングメモリ」のことについて、可能な限り詳しく簡単に紹介することです。

 

「ワーキングメモリ」の劣位性について悩んでいる人は多い

「ワーキングメモリ」という言葉を検索エンジンに入力してみると

「ワーキングメモリ 弱い」

「ワーキングメモリ 少ない」

「ワーキングメモリ 小さい(低い)」

 と、否定的な形容詞をつけた言葉が検索候補に上がっています。

冒頭で「情報化社会の性質が強くなるにつれて、ワーキングメモリの重要性がさらに高まる」と書いた根拠とは、近年になって「ワーキングメモリ」の機能低下による問題の悪循環に苦しんでいる人が増えていることが注目されていることにあります。これは推測の域ですが、マインドフルネスや瞑想が近年になって注目されていることから、確実でしょう。

「ワーキングメモリ」の機能は、「脳の疲労」といった環境要因や、うつ病などの心因性精神疾患によってパフォーマンスが大きく低下することもあります。そして、「ワーキングメモリ」の機能低下という症状を持つ器質性精神障害も存在します。

 

「劣位性」をワーキングメモリ理論に当てはめると…

そこで、認知心理学で提唱されているワーキングメモリ理論を用いると、それぞれの表現にあてはまる病理を構成することが可能です。

「弱い」:実行機能の無効化

「少ない」:「ワーキングメモリネットワーク」に届く神経伝達物質が少ない

「小さい(低い )」:「注意資源」が小容量

今回の記事では、ワーキングメモリとかかわりのある器質性精神障害(精神症状)の病理を紹介するために、発達障害とワーキングメモリの関係を紹介するとともに、精神医学が認知していないワーキングメモリ関連の精神症状も紹介します。

 

ワーキングメモリ理論について

脳の中に「ワーキングメモリ」という名前の部位があるわけではありません。「ワーキングメモリ」とは、心理学者Alan Baddeley(アラン・バッデリー)が唱えた、実行機能に関する理論概念です。

実行機能についての説明は以下の通りです。

  • 複雑な課題の遂行に際し、課題ルールの維持やスイッチング、情報の更新などを行うことで、思考や行動を制御する認知システム、あるいはそれら認知制御機能の総称である。*1
  • 実行機能は,思考と行動の制御を行うプロセスであり,前頭葉の働きと関連することが脳科学研究から分かっています。*2
  • ワーキングメモリとは、短い時間に心の中で情報を保持し,同時に処理する能力のことを指します。会話や読み書き,計算などの基礎となる,私たちの日常生活や学習を支える重要な能力です。…ワーキングメモリは,思考と行動の制御に関わる実行機能(executive functions)の一つであると考えられています。*3

 バッデリーによるワーキングメモリ理論は、認知心理学における実行機能理論の通説となっています。つまり、「ワーキングメモリ」とは実行機能であるとみなすのは間違いではありません。

 

実行機能の内容

実行機能とは、いわば「目的の課題の実行」を達成するために必要な脳機能ということになります。この目的を支えているのが、ワーキングメモリネットワークが持つ「注意制御機能」と「抑制機能」です。

二つの言葉で独立していますが、実は内容は全く同じです。衝動を「抑制」できているから、目的の課題の実行に対する「注意制御」を達成できます。

 

「ワーキングメモリネットワーク(WMN)」について

1 ワーキングメモリネットワークの脳部位

ワーキングメモリネットワークとは、主に神経心理学で用いられるワーキングメモリの脳部位を意味する言葉です。同じ意味を表す言葉に「タスクポジティブネットワーク」という表現も存在します。ワーキングメモリネットワークを構成する脳部位は、以下の通りです。

 

2 ワーキングメモリネットワークが機能する仕組み

ワーキングメモリネットワークを「パソコン」で例えるならば、DLPFCは「メモリー」であり、ACCはメモリを正常に動かすための「電源」です。そして、DLPFCとACCを結ぶ神経細胞アドレナリン受容体)は、DLPFCにつなぐ「電源ケーブル」です。

大脳辺縁系に位置する前部帯状皮質は、実行機能を有効化するための神経伝達物質を分泌する器官であり、分泌された神経伝達物質神経細胞を介し、最終的に大脳新皮質に位置するDLPFCに分配されることで、はじめて実行機能が十分に発揮されます。

詳細は後述しますが、実行機能に悪影響が及んでいる器質性精神障害発達障害)は、これらのプロセスのうちのいずれかに問題箇所がある、ということになります。 

ワーキングメモリネットワークの働き、構造についての詳細を知りたいという方は、以下のウェブサイトが参考になります。

Child Research Net 子供は未来である 「38. ワーキングメモリと注意の制御 - 論文・レポート」:https://www.blog.crn.or.jp/report/04/51.html

 

「作動記憶」について

「実行機能が記憶をどのように扱うか」という観点から、認知心理学が用いている表現です。知能指数を算出するための要素の名前としても用いられています。同じ意味を持つ言葉に「作業記憶」という表現も存在します。

人間が課題を実行するとき、「ワーキングメモリ」は情報を処理するために貯蔵した情報を短期記憶として保持する役割を担っています。

 

「ワーキングメモリの容量」を問う理論

「作動記憶」を扱うワーキングメモリの働きに関する重要な理論に、Nelson Cowan(ネルソン・コーワン)による「注意の焦点化」理論が挙げられます。この理論では、ワーキングメモリが扱える情報の数、すなわち注意資源の容量を算出しています。

バッデリーが提唱したワーキングメモリ理論では実行機能の内容についての理論であるのに対して、コーワンが提唱している理論は、機能が扱う「容量」を問う理論という特徴を持っているため、注目されています。

 

ワーキングメモリとかかわりのある発達障害とは?

それでは本題です。

認知心理学においても、ワーキングメモリネットワークの働きから発達障害の病理を解析するという試みがあるように、「ワーキングメモリ」と発達障害の間には密接な関係があります。

結論を言いますと、現時点で精神医学の中で定義づけられている精神障害のうち、ワーキングメモリネットワークの機能低下が原因であるものは、以下の通りです。

自閉症スペクトラム障害については、ワーキングメモリネットワークの使い方に「クセ」があるものの、問題点は使い方であり、ワーキングメモリの機能自体は低下していません。

狭義の学習障害(限局性学習障害)についても、全く別の認知ネットワークの異常であるため、ワーキングメモリネットワークの機能とは無関係です。

 

ADHDとは「注意散漫」

1 症状発生のメカニズム

ADHDの病理については未解明な部分がありますが、以下の2つの原因が想定されています。

以上の2つの原因に共通することとは、前頭前野背外側部に神経伝達物質が十分に行き届いていないことです。そのため、前頭前野背外側部が担っている実行機能が無効化され、その結果衝動性の症状が現れます。

 

2 認知心理学理論を用いた評価

ADHDの症状を発生させる不注意症状とは、実行機能の無効化と説明できます。

「注意の焦点化」理論に沿うと、「注意の焦点」そのものが存在していない状態と評価できます。つまり「注意資源の容量を算出する」以前の問題であるといえます。

ただし、治療薬を用いて実行機能が働き、ADHDの病態が解消されたとき、「注意の焦点化」ができるようになるので、その際は注意資源の容量を算出することが可能になります。その際は、健常者と同じ程度の注意資源を獲得することが可能になります。

 

容量性注意障害について

1 不注意症状が現れる病理

ADHDの「不注意」とは、「衝動性」の裏返しの表現であり、「実行機能の無効化」、すなわち「注意散漫」な状態を指す言葉でした。

一方で、実行機能が有効ではあるが、「注意資源の容量」が小さい場合という可能性も理論上想定できます。この場合は、「注意の焦点」が狭小化されるため、保持できる情報量が限定的になり、その結果「不注意症状」が現れます。

そんな精神症状が現実に存在します。それが、以下に紹介する「容量性注意障害」です。

 

2 容量性注意障害の病理

神経心理学的にこの精神障害の病理を解析すると、「ワーキングメモリ本体」に該当するDLPFCの機能低下のみであるといえます。

ADHDとは異なり、ワーキングメモリネットワーク自体は有効な状態です。すなわち、辺縁系からの神経伝達物質を、前頭前野背外側部に伝達するまでのプロセスには、障害が存在しません。

3 「容量性注意障害」の症状の特徴

 

  1. 強い不注意症状を持つが、場合によっては高い集中力を発揮する
  2. 衝動性、多動性はない
  3. 言語理解、運用に独特の困難がある

まず1について、注意資源の容量が小さいため、日常生活において不注意が散見されます。しかし、注意資源を多く必要とする課題ではない限り、課題実行を達成することは可能です。むしろ、少ない注意資源のうちの多くの割合が使われることになるので、このときにおける集中の度合いは、健常者より高いと私は推定しています。

2の根拠は、実行機能自体は有効であるためです。

3について、不注意症状と同じく注意資源の容量が小さいために引き起こされる、言語面での障害ということです。ちなみにこの症状は、音声言語医学では「特異的言語発達障害」、「聴覚情報処理障害」として認知されています。 


  • 聴覚情報処理障害に関する記事 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

4 精神医学における扱い

じつは、精神医学でもこの病態については診断名を用意しています。

もちろん、この精神障害概念は自作概念ですので、当然のことながら、精神医学では認知されておりません。しかし、精神医学の観点においても有意な精神症状を示していると判断するので、便宜上使用されている、以下のような精神障害概念を用いて診断されます。

 

ワーキングメモリネットワークに悪影響を与える疾病(頭蓋骨縫合早期癒合症)

頭蓋骨縫合早期癒合症は、頭蓋骨の狭小化という病態を持つ疾病です。頭蓋骨が狭小化しても、脳組織の質量は変わりませんので、脳組織は頭蓋骨に圧迫されます。その悪影響を最も受けやすいのが、大脳新皮質です。

ワーキングメモリネットワークの一つであるDLPFCは、大脳新皮質に位置する部位であるため、これによる機能不全が引き起こることは想像に難くありません。

早期癒合症には軽度のものが存在しています。その一つが「軽度三角頭蓋」です。臨床で報告されている軽度三角頭蓋による精神症状は、容量性注意障害であると説明できます。

詳細は以下の記事をご覧ください。

  • 早期癒合症の紹介(概説)

  • 早期癒合症による精神症状について