封印されしアタマのなかより(大人の早期癒合症)

言語学や心理学を学ぶ学生です。きっかけはPDD-NOS(特異的言語発達障害・注意欠陥障害・聴覚情報処理障害)。頭蓋縫合早期癒合症の成人当事者です。遅筆ブロガーです。

注意欠陥障害(ADD)についての考察 その1 ~ADDの位置づけに対する疑念~

こんにちは。

早期癒合症についての説明をする前にADDについての説明をしたほうがわかりやすいと考えたので、今回からは注意欠陥障害を話題に綴っていくことにしました。

その前に、今回は「信じるか否かはアナタ次第です」という部分も入ってきます。すなわち、公式ではなくオリジナルな見解が入ってくるので、説得力に欠ける部分があります。ただ、早期癒合症の説明をするためには必要不可欠なパートなので、ご了承ください。

 

結論を先に言いますと、

ADHDとADDは全くの別物

だと私は主張します。

 

注意欠陥系の発達障害の存在を国内一般に広めた書物に、司馬理英子先生の著書「のび太ジャイアン症候群」があります。それには一般的なADHDを「ジャイアン型」、一方の多動性がないものを「のび太型」と表現しています。

それと同じように、ADHDから多動性を除くという引き算をした結果のADD、というのが世間一般の認識となっています。少なくともオンラインの発達障害界隈では、「注意欠陥」という社会不適合要素を共有する障害として、両者を一括りに分類していることが多いですね。まあ症状での比較という表層的な観点でみると、その認識は正しいですけど。

 

しかし、脳みその機能の機序はそんな単純なものではありません。原因が直接的に作用しているものだけでなく、「間接的に」作用しているものもあるということを忘れてはいけません。

ADDの病理を解明することがベストなのですが、ブログ紹介で書いたように、精神医学が自発的にその姿勢になることは考えにくいです。なぜなら、病理の不確実性が強いこと、そして治療必要性の少なさだと私は推測します。

 

そもそもADDを絶対的に社会不適合とみなすことは正しくないのかもしれません。「障害」という概念が、当人とその周囲の社会との関連性から生まれると思います。すると多動や心の理論の欠如が本人に与える社会的デメリットは大きいですし、学習障害は学童期において、教育という社会との関係性のなかで悪影響が現れるのは想像に難くないでしょう。よって、ADHD自閉症スペクトラム学習障害を障害として扱うことに異論はありません。そして社会全体がコーピングをする必要があります。 

一方のADDが劣っている要素は、注意力遂行機能といわれています。そのため就学期は不利になりますが、その後の業種によっては支障が全くない状況を作り出すことが不可能ではありません。実際、活躍している有名人の中にも、気質的に私と似ていると感じる人はいらっしゃいます。

 

しかし、ADDの症状はこれだけなのでしょうか。他にもあるのではないでしょうか。

例えば、聴覚情報処理障害には言語発達遅滞(コトバ遅れ)に起因するものがあり、その言語発達遅滞は注意欠陥障害の一側面だと私は考えます。

 

とても話が長くなってしまいました。

 

次回はADDとADHDの相違について考えたことを書いていこうと思います。