封印されしアタマのなかより(大人の早期癒合症)

言語学や心理学を学ぶ学生です。きっかけはPDD-NOS(特異的言語発達障害・注意欠陥障害・聴覚情報処理障害)。頭蓋縫合早期癒合症の成人当事者です。遅筆ブロガーです。

医学に期待できないから、自分で発信するということ(ブログの紹介)

はじめまして。私の名前はなすびんといいます。

さっそくですが、今日は自己紹介とともにブログについての説明をしていきます。

 

私は現在大学生です。

実はこのブログを書くという構想を練り始めたのは2年ほど前で、それからズルズル先延ばしにしてしまったという経緯があります。そして最近になりスケジュールに余裕ができたことやブログのネタの整理、またブログを始めるための心の準備ができたので、ついに念願のブログデビューを果たしました。

 

まずは「封印されしアタマの中より」というブログタイトル、

 

🔯中二病🔯

っぽいフレーズだなとわれながら思いましたが、ちゃんとした意味があります。私は頭蓋縫合早期癒合症を含め、ブログ説明欄に列挙した障害の当事者です。それを表すたとえということで、このようなネーミングをしました。

 

私が精神科で「特定不能の広汎性発達障害」の診断を受けたことは、私自身にとって重要な出来事でした。人生の岐路になったと思います。

 

私は幼少時より、注意欠陥障害や言語発達遅滞についてぼんやりと自覚していました。しかし、この時点ではまだ

障害として自覚ではありません。

知能的な遅れがないし、心の理論にも問題がないということで、障害がないと幼少時に専門家にいわれたこともあり、

「努力不足」

だと周りに評価される人生を送ってきました。そして私は

努力不足としての自覚

だと思い込んでいました。

(努力不足というのは、外形的にみればあながち間違っているとはいえません。しかし、できないことをやることで報酬が得られないという経験を重ねると、動機を失い、やがて誰でも回避するようになるというのが真実です。

 

そうして、たどり着いた診断が、

「特定不能」

発達障害です。

 

また、私は自律神経失調症も抱えており、精神科以外のさまざまな科目を受診してきましたが、それぞれの症状の存在は認められるものの、病気の原因が見当たらないために、

「経過観察」

といわれてきました。

 

これらの経験を経て、

医学というのは、期待ができないときもある

ということに私は気づいたのです。

 

医学に対して受け身の姿勢ではなく、能動的になることを決意しました。

そして、

自分から自分の考えを外部に発信する

以外に方法はないと信じるに至りました。

 

私は診断を受けたことを機に、大学での心理学や言語学の学習をはじめました。そこで、早期癒合症についての記事だけでなく、ときには心理学や言語学にかかわるような諸問題や、自分が疑問に感じることに対する考察をブログに展開していきたいと私は考えるに至りました。

 

また、読者の方々と交流をしたいというのが、私がブログを始めた一番の動機です。このブログで疑問に思ったことや反対意見等があったときのコメント大歓迎です。

 

近いうちに書きたいと思うことは以下のとおりになります。

 まず障害について

・現状一番困っていること

・軽度の頭蓋縫合早期癒合症についての考察

・注意欠陥障害(ADD)についての考察

・軽度の頭蓋縫合早期癒合症で苦労したこと(症状を除いて)

発達障害的症状を生み出す別の病気について

 

その他

・学生時代のこと

・「天然」というコトバについての考察

言語学や心理学を志した理由

 

それでは結びに代えまして、なすびんのブログを今後共、よろしくお願いします。