封印されしアタマのなかより(大人の早期癒合症)

言語学や心理学を学ぶ学生です。きっかけはPDD-NOS(特異的言語発達障害・注意欠陥障害・聴覚情報処理障害)。頭蓋縫合早期癒合症の成人当事者です。遅筆ブロガーです。

注意欠陥障害(ADD)についての考察 その2 ~ADHDとの相違~

私は精神科でPDD-NOSの診断済みです。

注意欠陥障害という診断名がつくのかなと思っていたので、診断されたときは驚きました。

精神医学ではそれが一般的だそうで、株式会社kaienのHPでは、その理由について以下のような見解を示しています。

 

"医師がADDという診断を出すケースが稀なのは、ADHDのほうが包括的(意味が広く)、一般的に使われているからと思われます。わざわざ多動がまったく見られないことを証明することが難しいので、ADDという診断名を付けないということだと考えられます。とはいえ、大人の場合は、周囲がびっくりするような落ち着きの無さ(急に道に飛び出す、10分も椅子に座っていられず歩き回る等)は無いことが通常です。実際上はADDつまり多動は認められないケースが多いといってよいと思います。"

ADDとADHDの違いは? : 大人の発達障害Q&A - 株式会社Kaien

 

さて、今回はADDADHDとの相違について綴っていこうと思います。

ADHDは、ドーパミンなどの神経伝達物質の分泌異常による大脳皮質の働きの低下によって引き起こされる障害です。そして症状は

注意欠陥

・多動性

・衝動性

の3つのキーワードで定義づけることができます。

一方のADD注意欠陥のみの症状です。

ともに治療薬は、メチルフェニデートコンサータなど)となっています

 

ここで、私はある疑問点を投げかけます。

それは、ADHDの注意欠陥ADDの注意欠陥は本当に同じものなのかということです。

私は違うと思います。

ADHDの注意欠陥は、頭のなかで考えていることが多動である故に、それ以外にやるべきことが疎かになること、そして二次的な結果としてパニックにつながることがあるという性質ではないかと。

一方のADDの注意欠陥は、考えられることの容量が小さいためにマルチタスクができず、同時にやれることが限られてくるという性質です。

「コンピュータのメモリ」で例えるならば、

ADHD:処理する事柄の選択ができないため、メモリがオーバーヒートしている状態

ADD:メモリの容量が少ないため、同時に処理できるデータの範囲が限られる状態

といったところでしょう。 

 

先程、治療薬はメチルフェニデートなっています、と表現したのは、薬を飲んでも症状が改善されない場合が存在するからです。

 (私の経験ですと、コンサータは向かないとの判断からストラテラを処方されましたが、効果はないどころか、イライラや睡眠効率低下といった副作用が出たのでダメでした。)

では、なぜメチルフェニデートに効果を示さない「ADHD」が存在するのでしょうか。

私はある仮説を立てます。

注意欠陥の性質を比較したように別の物同士であると仮定しますと、多動をともなうADHD多動を伴わないADDは別物であり、神経伝達物質の異常によって引き起こされている注意欠陥の症状ではないものが存在するからです。

 

医学的にADHDの原因がはっきりしていないというのも、神経伝達物質の分泌異常だけで説明可能な問題ではないからでしょう。

でも、これからもよほどのことがない限り、原因不明のままだと思います。薬で対処できなかった場合には、生活の中で工夫をしながら障害に対処する方向に転換をするように勧められるようになっているからです。

 

「これが原因なのではないか?」

と考えた人は、自分から発信していくほうが良いと思います。

 

私は、このブログで頭蓋縫合早期癒合症と発達障害的症状との因果関係を主軸にしながら、話を展開していこうと思います。

 

私自身、早期癒合症であることが発覚しまして、PDD-NOSの症状の原因がこれであると確信しています。

 

PDD-NOS、あるいはADDの皆さんに尋ねます。

 

おでこやあたまのてっぺんを強く触ってみてください。

山のようになっている部分はありますか?

 

もしあれば、あなたの症状の原因は頭蓋骨にあるかもしれません。

 

詳しい内容は次回に綴っていきます。

注意欠陥障害(ADD)についての考察 その1 ~ADDの位置づけに対する疑念~

こんにちは。

早期癒合症についての説明をする前にADDについての説明をしたほうがわかりやすいと考えたので、今回からは注意欠陥障害を話題に綴っていくことにしました。

その前に、今回は「信じるか否かはアナタ次第です」という部分も入ってきます。すなわち、公式ではなくオリジナルな見解が入ってくるので、説得力に欠ける部分があります。ただ、早期癒合症の説明をするためには必要不可欠なパートなので、ご了承ください。

 

結論を先に言いますと、

ADHDとADDは全くの別物

だと私は主張します。

 

注意欠陥系の発達障害の存在を国内一般に広めた書物に、司馬理英子先生の著書「のび太ジャイアン症候群」があります。それには一般的なADHDを「ジャイアン型」、一方の多動性がないものを「のび太型」と表現しています。

それと同じように、ADHDから多動性を除くという引き算をした結果のADD、というのが世間一般の認識となっています。少なくともオンラインの発達障害界隈では、「注意欠陥」という社会不適合要素を共有する障害として、両者を一括りに分類していることが多いですね。まあ症状での比較という表層的な観点でみると、その認識は正しいですけど。

 

しかし、脳みその機能の機序はそんな単純なものではありません。原因が直接的に作用しているものだけでなく、「間接的に」作用しているものもあるということを忘れてはいけません。

ADDの病理を解明することがベストなのですが、ブログ紹介で書いたように、精神医学が自発的にその姿勢になることは考えにくいです。なぜなら、病理の不確実性が強いこと、そして治療必要性の少なさだと私は推測します。

 

そもそもADDを絶対的に社会不適合とみなすことは正しくないのかもしれません。「障害」という概念が、当人とその周囲の社会との関連性から生まれると思います。すると多動や心の理論の欠如が本人に与える社会的デメリットは大きいですし、学習障害は学童期において、教育という社会との関係性のなかで悪影響が現れるのは想像に難くないでしょう。よって、ADHD自閉症スペクトラム学習障害を障害として扱うことに異論はありません。そして社会全体がコーピングをする必要があります。 

一方のADDが劣っている要素は、注意力遂行機能といわれています。そのため就学期は不利になりますが、その後の業種によっては支障が全くない状況を作り出すことが不可能ではありません。実際、活躍している有名人の中にも、気質的に私と似ていると感じる人はいらっしゃいます。

 

しかし、ADDの症状はこれだけなのでしょうか。他にもあるのではないでしょうか。

例えば、聴覚情報処理障害には言語発達遅滞(コトバ遅れ)に起因するものがあり、その言語発達遅滞は注意欠陥障害の一側面だと私は考えます。

 

とても話が長くなってしまいました。

 

次回はADDとADHDの相違について考えたことを書いていこうと思います。

発達障害に類似の症状を持つ病気の存在

発達障害に類似の症状を現す病気があるってこと、ご存知でしょうか?

 

まずはじめに、典型的な発達障害とその原因をおおまかに説明します。

 

自閉症スペクトラム

大脳辺縁系を構成する一部の機能的、あるいは構造異常が原因です。

構造異常は、海馬回旋遅滞症が代表的です。

 

(cf. サイコパス

サイコパスは、鉤状束という扁桃体周辺器官の機能が破綻によるものです。

サイコパスの症状を一言で言い表すならば、「情動的共感の欠如」です。

一方の自閉症スペクトラム障害の症状は、「認知的共感の欠如」です。

 

サイコパスは情緒的な障害であって認知障害ではないため、社会適応に問題がありません。よってここでは発達障害からは除外します。

 

ADHDは、大脳辺縁系から分泌されるドーパミンなどの脳内ホルモンの分泌異常(分泌量が少ないこと)が元々の原因です。そのため前頭葉が十分に機能せず、その結果多動や注意欠陥といった症状が現れます。

 

学習障害には多くの種類があります。全てのタイプに共通する原因は、脳内の知覚から認知へのルートの異常、あるいは認知からの出力の異常です。

 

 

このように、発達障害にも原因があって起きているということがわかります。その原因とは、脳内の異常です。

そこで、一方の「類似の病気」について、脳以外に存在する原因が脳に影響を及ぼしている状態と定義づけようと思います。私が知っている中では以下のとおりです。

起立性調節障害

頸筋症候群

・頭蓋縫合早期癒合症

 

他に列挙できそうなものがあるという方はコメントいただけますでしょうか。

 

次回は頭蓋縫合早期癒合症について話そうと思います。なぜ私が頭蓋縫合早期癒合症と発達障害に関連性があると考えるのか、また自分が頭蓋縫合早期癒合症と気づいたきっかけについても説明します。

医学に期待できないから、自分で発信するということ(ブログの紹介)

はじめまして。私の名前はなすびんといいます。

さっそくですが、今日は自己紹介とともにブログについての説明をしていきます。

 

私は現在大学生です。

実はこのブログを書くという構想を練り始めたのは2年ほど前で、それからズルズル先延ばしにしてしまったという経緯があります。そして最近になりスケジュールに余裕ができたことやブログのネタの整理、またブログを始めるための心の準備ができたので、ついに念願のブログデビューを果たしました。

 

まずは「封印されしアタマの中より」というブログタイトル、

 

🔯中二病🔯

っぽいフレーズだなとわれながら思いましたが、ちゃんとした意味があります。私は頭蓋縫合早期癒合症を含め、ブログ説明欄に列挙した障害の当事者です。それを表すたとえということで、このようなネーミングをしました。

 

私が精神科で「特定不能の広汎性発達障害」の診断を受けたことは、私自身にとって重要な出来事でした。人生の岐路になったと思います。

 

私は幼少時より、注意欠陥障害や言語発達遅滞についてぼんやりと自覚していました。しかし、この時点ではまだ

障害として自覚ではありません。

知能的な遅れがないし、心の理論にも問題がないということで、障害がないと幼少時に専門家にいわれたこともあり、

「努力不足」

だと周りに評価される人生を送ってきました。そして私は

努力不足としての自覚

だと思い込んでいました。

(努力不足というのは、外形的にみればあながち間違っているとはいえません。しかし、できないことをやることで報酬が得られないという経験を重ねると、動機を失い、やがて誰でも回避するようになるというのが真実です。

 

そうして、たどり着いた診断が、

「特定不能」

発達障害です。

 

また、私は自律神経失調症も抱えており、精神科以外のさまざまな科目を受診してきましたが、それぞれの症状の存在は認められるものの、病気の原因が見当たらないために、

「経過観察」

といわれてきました。

 

これらの経験を経て、

医学というのは、期待ができないときもある

ということに私は気づいたのです。

 

医学に対して受け身の姿勢ではなく、能動的になることを決意しました。

そして、

自分から自分の考えを外部に発信する

以外に方法はないと信じるに至りました。

 

私は診断を受けたことを機に、大学での心理学や言語学の学習をはじめました。そこで、早期癒合症についての記事だけでなく、ときには心理学や言語学にかかわるような諸問題や、自分が疑問に感じることに対する考察をブログに展開していきたいと私は考えるに至りました。

 

また、読者の方々と交流をしたいというのが、私がブログを始めた一番の動機です。このブログで疑問に思ったことや反対意見等があったときのコメント大歓迎です。

 

近いうちに書きたいと思うことは以下のとおりになります。

 まず障害について

・現状一番困っていること

・軽度の頭蓋縫合早期癒合症についての考察

・注意欠陥障害(ADD)についての考察

・軽度の頭蓋縫合早期癒合症で苦労したこと(症状を除いて)

発達障害的症状を生み出す別の病気について

 

その他

・学生時代のこと

・「天然」というコトバについての考察

言語学や心理学を志した理由

 

それでは結びに代えまして、なすびんのブログを今後共、よろしくお願いします。