「封印」されしアタマのなかより(大人の早期癒合症)

頭蓋縫合早期癒合症、および「ワーキングメモリ容量減少症候群」(仮)の成人当事者および研究者の視点で考えたことを発信しています。メインテーマは「注意」の認知科学的分析。

人はなぜ文を理解できるのか? 言語理解における情報処理と「脳内マルチタスク」の関係についての考察

 

第1 序論

言語情報の理解とは、読む、聞くといった、ワーキングメモリに入力された言語情報を言語中枢が意味情報に変換する行為である。

言語情報は規模の大きいものから順番に、文章、文、節、句というように分類できる。しかし、人間が言語情報を認知する際の基本単位は句である。それにも関わらず、なぜ節や文といった大規模の言語情報を理解できるのか。それは、ワーキングメモリに入力された句の意味情報を統合処理できるからである。そのためには「脳内マルチタスク」を実行するための機能が備わっていなければならないと私は考えている。

 

逆のことを言えば、「脳内マルチタスク」機能が無効化されている「ワーキングメモリ容量減少症候群」の場合、文の理解が困難になるという結論を私は導き出した。

理論に沿うと脳内マルチタスクが無効化されている状態だと文の理解は「不可能」になるが、実際は文の理解が「困難」な程度にとどまっている。これは、代償機能によるものであると私は推測している。

 

本稿では、以上のような結論に至った根拠を、ワーキングメモリ内における言語情報の扱いという観点から以下の事柄を説明する。

・言語情報の理解の仕組み

・言語情報の理解における「脳内マルチタスク」の役割

・脳内マルチタスク機能が無効化されたときの言語情報の理解

・言語理解の際に活性化する、脳内マルチタスク機能の無効化における代償機能

 

なお、自作概念である「脳内マルチタスク」と「ワーキングメモリ容量減少症候群」の意味についての詳細は、以下の記事で紹介しています。

「脳内マルチタスク」についてはこちら↓

 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

 

「ワーキングメモリ容量減少症候群」についてはこちら↓

 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

 

 

第2 「句」が言語情報の認知における基本単位であることについて

文章や文、節といった言語情報の意味を理解する際においても、認知における基本単位が句であることは同じである。

日本語のような膠着語における助詞も句である。しかし、助詞単独では認知できない。(助詞は音素である。)

そこで、助詞の意味を理解するためには、名詞との「連結物」なる「節の一部」で理解しなければならない。すなわち、助詞とは「句」ではなく「節の一部」であるという解釈のほうが正しいかもしれない。

 

第3 句の理解と文の理解の相違点について

1 脳内マルチタスクの必要性の有無

句の理解については「単独の情報処理によって達成可能な認知行為」であるため、脳内マルチタスクは不必要である。

一方で文の理解については「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」であるため、脳内マルチタスクを必要とする。

 

2 「脳内マルチタスク」を必要とする根拠

「脳内マルチタスク」とは、文の理解のための情報処理を効率的に進めるためのプロセスという側面を持っている。

ただ言語理解の際に、効率を求めない認知様式、すなわち保持と貯蔵の同時処理ではなく、継時処理をすることを選択することも可能である。

しかし、その分だけ情報処理が遅くなることにつながってしまう(継時処理の速度を理論的に算出すると、同時処理の2倍)。

そのうえ、入力する言語情報というのは、自分ではなく他人から出力されているものであることを踏まえると、出力された言語情報の「流れる」速度というのは、脳内マルチタスクを前提とした速度である。

ゆえに、保持と貯蔵の継時処理をしていると、入力するべき言語情報の貯蔵するタイミングを失ってしまう。すると、文の理解が不可能になる。

 

ゆえに脳内マルチタスクとは、文の理解の効率化ではなく、文の理解に必要不可欠なものである。

 

これより、句の理解と文の理解、およびワーキングメモリ容量減少症候群の文の理解のミスの様子を考察する。

 

第3 句の理解におけるワーキングメモリ内の情報処理

句aという(句aで構成される)言語情報が存在すると仮定する。これを理解するときのワーキングメモリにおける情報処理の順序は以下の通りである。

 

① P(a)の入力 → 言語情報Aの貯蔵および変換

② 意味情報Aの保持

(P(a)が句aに該当)

 

入力された言語情報はワーキングメモリに貯蔵された後、言語中枢によって意味情報に変換される(→①)。そして意味情報がワーキングメモリ内に保持された時点で、句aの意味を理解したといえる(→②)。

 

以上のような情報処理で達成可能であることから、句の理解とは「単独の情報処理によって達成可能な認知行為」であるといえる。

 

第4 文の理解におけるワーキングメモリ内の情報処理

文の理解、すなわち文の意味情報を創出するまでの過程は、以下のとおりである。

・文を構成する句の意味を確認する。

・文を構成する句の意味情報を、文の統語構造に従って統合処理する。

 

例えば、次の句(Phrase)で構成される文(Sentence)があると仮定する。

S = P(a), P(b), P(c)    

{S:文(Sentence)、P:句(Phrase)}

 

この文を理解する際のワーキングメモリにおける情報処理(貯蔵、保持)の様子は以下の通りである。

 

① P(a)の入力: 言語情報Aの貯蔵および変換

 

② P(b)の入力: 意味情報Aの保持 & 言語情報Bの貯蔵および変換

 

③ P(c)の入力: 意味情報Aの保持 & 意味情報Bの保持 & 言語情報Cの貯蔵および変換

 

④ 意味情報Aの保持 & 意味情報Bの保持 & 意味情報Cの保持

 

⑤ 統合処理:意味情報Sの保持

 

 

注目するべきなのは、P(a)に隣接するP(b)の意味情報を貯蔵するプロセス(→②)において、P(a)の意味情報を保持していることである。これが「脳内マルチタスク」に該当する。

もちろん脳内マルチタスクは2つだけとは限らない。

P(c)の意味情報を貯蔵するプロセス(→③)においては、P(a)の意味情報の保持とP(b)の意味情報の保持を同時並行に行わなければならない。

そして、最終的に文として理解するためには、文を構成するすべての句の意味情報を保持する必要にせまられる(→④)。

これらの情報処理の「積み重ね」により、文を構成する句の意味情報を保持した瞬間(→④)、初めて文として理解できる準備が整った状態になったといえる。そして、最後に文の統語構造に従いワーキングメモリに保持していた句の意味情報を組み立てるという統合処理をすると、Sの意味情報の創出、すなわち文の意味を理解できる。

 

第5 言語理解における「ワーキングメモリ容量減少症候群」の情報処理の特徴

1  保持と貯蔵の継時処理化

脳内マルチタスクを実行する機能が無効化されている「ワーキングメモリ容量減少症候群」であると、文の認知に困難が生じる。

通常、すなわち脳内マルチタスクが可能な状態であれば、新たに句の言語情報を貯蔵したとしても、それと同時に保持が可能である。しかし、統合処理する材料となる句の保持ができない、あるいは貯蔵ができなければ、文の意味を理解ができないという結論は明白である。

ただ、同時にできない状態というだけで、保持の後に貯蔵するという継時処理は可能である。ただ、先に説明した通り、同時処理するべきプロセスの継時処理化は、処理速度の低下を招く。

そして、処理速度の低下により、入力するべき言語情報の貯蔵するタイミングを失ってしまう。すると、文の理解が不可能になるのである。

 

S = P(a), P(b), P(c)

① P(a)の入力: 言語情報Aの貯蔵および変換

 

② P(b)の入力: 意味情報Aの保持

 

③ P(c)の入力: 意味情報Aの保持 & 言語情報Cの貯蔵および変換

 

④ 意味情報Aの保持  &  意味情報Cの保持(Sの成立時)

 

ワーキングメモリ容量減少症候群の継時処理と、脳内マルチタスクを前提とした言語情報の出力速度の不一致の結果は以上のような結果をもたらす。

 

句bが入力されたとき、意味情報Aの保持に専念しているため、句bの意味情報は、ワーキングメモリに貯蔵及び保持ができない。(→②)。

ゆえに、この場合、文の意味情報を創出するための統合処理をするための材料である意味情報Bがワーキングメモリに存在しない(→④)ため、文の意味を理解するのは不可能となる。

 

2 (補足)「貯蔵あるいは保持の専念」という極端な情報処理様式パターンの例

ここで紹介する言語情報の情報処理様式は、脳内マルチタスクを実行する機能が無効化されているワーキングメモリ容量減少症候群において想定されるものであるが、その極端例である。

すでに貯蔵されている意味情報を保持するのか、そしてどの新しい句を貯蔵するのかというのは、認知する側にゆだねられる。

 

・認知様式パターンA:「貯蔵に専念する」

不注意症状のうちの、保持エラーに該当する。

① P(a)の入力: 言語情報Aの貯蔵および変換

 

② P(b)の入力: 言語情報Bの貯蔵および変換

 (意味情報Aの保持が不安定になる)

 

③ P(c)の入力: 言語情報Cの貯蔵および変換          

 (意味情報Bの保持が不安定になる)

 

④ 意味情報Cの保持(Sの成立時)

 

・認知様式パターンB:「保持に専念する」

① P(a)の入力 → 言語情報Aの貯蔵および変換

② P(b)の入力時 → 意味情報Aの保持 

言語情報Bの貯蔵および変換が実行されない)

 

③ P(c)の入力時 → 意味情報Aの保持 

言語情報Cの貯蔵および変換が実行されない) 

 

④ 意味情報Aの保持(Sの成立時)

 

 

 

第6 言語理解を支える代償機能の追唱の効果

これまでの理論に従うと、ワーキングメモリ容量減少症候群であると文をほとんど理解できないという結論に至る。しかし、実際は全く理解できないというわけではない。

なぜなら、文を理解するときワーキングメモリ容量減少症候群の脳内では、句の意味情報の保持という情報処理とは別の機能が代償しているからである。

それは、追唱である。

追唱とは、例えば人の話を聞くとき、相手が話している内容を相手の後に続けて脳内で「話す」ことである。すると、あたかも自分が話しているかのように理解できるのである。

これは言語運用、すなわち言語情報の出力と共通する部分があるかと思われる。

 

追唱の効果とは、相手の話をあたかも自分が話しているかのように思わせることにあると私は推測している。しかし、言語情報の出力においても脳内マルチタスクを実行する機能は必要不可欠であるため、それが必要となるような文を理解するのは結局のところ困難なのである。

 

また、この脳内マルチタスクを実行する機能を代償する機能を使うのは、通常であれば使わなくてもよい脳機能を使っていることになるため、小児慢性疲労症候群につながるのではないかと私は推測している。

音読に効果はあるのか?音読と読解の関係に関する論考

読解のためには音読をするとよいといわれています。

言語科目では音読教育が行われています。それは

「音読ができるならば、読解ができる」

という観念が働いているためだといえます。

 

しかし、オンラインの検索ボックスに「音読」と入力しますと、検索候補に

「音読しても理解できない」

「音読 意味ない」

という言葉が並んでいます。

 

実は、私自身、音読をしてもその内容が頭に入らないことが多くあります。

音読はかなり得意な方で、途中でつまずくことなく音読できるので、国語の朗読ではアナウンサーになったような気分でいました。しかし、どんなに流暢に音読したものでも、その内容を理解していないのです。

読書ができなくなる要因としてよくピックアップされるうつ病にかかったことはありませんし、古典的な言語障害(感覚性言語障害)もありません。

むしろ、読める漢字は人一倍多いですし、英語の点数を英文法で稼いでいたぐらいですから、言語能力は低くないと思います。

 

ただ、読解力がなかった。

黙読はもちろん、音読をしても読んで理解した内容が、頭から抜け落ちていくのです。だから、文として理解できない。

 

そこで、今回の記事で「音読ができるならば読解ができる」という命題は偽であると主張する根拠を提示しようと思います。

 

内容の要点は以下の通りです。

・音読は読みへの集中を促進する効果を持つ。

・しかし、読みに集中しても読解できない場合がある。

 

目次

 

第1 音読と集中力

1 なぜ先生は生徒に音読をさせるか

文章読解をさせるとき、必ず先生は音読をさせると思います。例えば、語学(国語)の授業では先生が生徒を指名し、「○○さん、ここを読んでください」といいますね。なぜこういう教育手法を採用しているのでしょう?

 

それは音読が読解しているか否かを客観的に確認できる手段だからです。黙読では、本人が読んでいるかどうかを確認できませんからね。

 

2 音読と黙読

読む行為には、音読と黙読の2種類が存在します。

黙読は声に出さずに読む行為です。読んでいる当人は声に出していないので、客観的に読んでいるかどうかがわかりません。それに読むべき当人も、いつの間にか「字面を眺めている」状態で、読んでいないなんてことにもなりかねません。

一方で、音読のほうは、読んでいる内容を声に出すことで読んでいることを対外的にアピールできるという点で、客観的に読んでいることを確認できる手段です。

 

3 音読教育の目的:衝動抑制および注意制御(実行機能)の促進

多くの場合、子供は集中(注意制御機能)をすることを知りません。読む行為についても同様に、読むことに集中するという経験がなければ、当然のことながら読んで理解する(読解する)ことを学習していません。

そこで、子供たちの読む行為に対する注意制御を促進させるために音読をさせる、というのが音読教育です。その根拠理論を提言三段論法形式で表すと、以下の通りになります。

 

(音読教育の根拠理論)

・音読をすると、読む行為に対する集中力が高くなる。

・読む行為に対する集中力が高ければ、読解ができる。

・ゆえに、音読ができるならば、読解ができる → 「音読教育」

 

すると、音読の精度が低く、ぎこちなく読んでいるとき、読みに対する注意制御が実行されていないと判断できます。一方で音読の精度が高く、すらすらと読めるようになったとき、その人物の読みに対する注意制御が十分に実行され、集中力が高い状態になったといえます。

音読が集中力を高める方法として有効なのは、教師と生徒の関係だけではありません。音読は、読む当人にとっても読む行為への集中力を高めるための良い手段になります。

 

第2 「音読ができるならば、読解ができる」の嘘

1 「読む行為に対すると読解できる」は、必ず真ではない

実は、読みへの集中度以外に読解力を決定する条件が存在します。そして、その条件を満たさなければ、どんなに読みに対して集中していたとしても、読解できるとはいえません。

すなわち、先に紹介した音読教育の根底理論には反論の余地があるのです。

「読む行為に対する集中力が高ければ、読解ができる」

というのは、必ずしもそうであるとはいえないということです。すると、同時に

「音読ができるならば、読解ができる」

というのも、偽となります。言い換えれば、音読ができるからといえ必ずしも理解ができるとは限らないということです。

 

2 2つの「読み」(音読と読解)は別の認知行為である

音読をすると読解力が向上する理由を説明する前に、音読と読解は別のプロセスであることを提示します。

両者の情報処理の概略は以下の通りです。

 

音読は入力処理と出力処理を含みます。はじめに文字をワーキングメモリに貯蔵します。次に言語中枢が聴覚言語情報に変換したのちに、その音声を出力するという行為です。

 

入力処理:視覚言語情報(文字)

変換処理:視覚言語情報(文字) → 聴覚言語情報(音声) 

出力処理:聴覚言語情報(音声)

 

 

読解は、純粋な入力処理です。

ワーキングメモリに貯蔵された文字は、言語中枢によって意味情報に変換処理される、というプロセスで構成されています。

 

入力処理:視覚言語情報(文字)

変換処理:視覚言語情報(文字) → 意味情報

出力処理:なし

 

3 「音読をすると読解できる」のメカニズム

通常の人間の場合、確かに音読ができれば、同時に理解もできます。その原因は、音読と読解に共通するプロセスである「視覚言語情報の入力処理」の存在にあると私は考えます。そして、視覚言語情報の入力に集中(注意制御)した結果の「随伴効果」(音読に集中すると読解も集中でき、逆に音読に集中できなければ読解もできないというもの)です。

 

4 「脳内マルチタスクの有無」という音読と読解の相違点

冒頭で、「どんなに読みに対して集中していたとしても、読解できるとはいえない」と書きました。基本的に人間は読みに集中するとその内容を理解できるようになっています。しかし、例外が存在します。それは「脳内マルチタスク」を実行する機能の無効化状態をもたらす「ワーキングメモリ容量減少症候群」です。

  

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

その特徴は、読みに集中しても、その内容の理解が困難であるという性質です。そして、読みに集中しているので、音読は十分にできているというものです。

 

音読ができて読解ができないというのは、「音読をすると読解ができる」という価値観からみると一見矛盾していますが、別の情報処理であることを踏まえるとこのことは不思議なことではありません。

音読と読解の比較について先の分析ではどのように情報が変換されるのかという焦点で分析しましたが、今度はワーキングメモリ内での情報の貯蔵と保持の様子について分析します。

 

5 音読行為とワーキングメモリの情報処理

音読とは、「句」単位の認知行為の繰り返しです。「句」を読み取り、発音するだけでよいので、過去に読み取った「句」を保持しなければならないというわけではありません。

音読における情報処理の仕組みは以下の通りです。

 

----(句の入力)----

① 貯蔵

視覚言語情報をワーキングメモリへ貯蔵。

② 変換

貯蔵した視覚言語情報を「聴覚言語情報」に変換。

----(句の入力)----

③ 貯蔵

④ 変換

----(句の入力)----

⑤ 貯蔵

 

このことから音読とは、

「単独の情報処理によって達成可能な認知行為の繰り返し」

であるといえます。

 

6 読解行為とワーキングメモリの情報処理

一方の読解は、文の認知になりますので、「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」であるといえます。

「文」の認知をする場合においても、人間が言語を理解するときの単位が句であることには変わりありません。しかし、文の意味情報を獲得するためには、すべての句の意味情報がそろっていなければなりません。ゆえに句を「保持」しながら、新たな句の意味情報を貯蔵する必要があります。これこそ「脳内マルチタスク」です。

読解における情報処理の仕組みは以下の通りです。

 

----(句の入力)----

① 貯蔵

視覚言語情報をワーキングメモリへ貯蔵。

② 変換

貯蔵した視覚言語情報を「意味情報」に変換。(変換の主体は感覚性言語中枢。ワーキングメモリではない。)

③ 保持

意味情報を保持する。

----(句の入力)----

④ 貯蔵

⑤ 変換

⑥ 保持

これらのプロセスは前の句の意味情報を保持しながら行われる。

----(句の入力)----

⑦ 貯蔵

 

 

7 (補足)「音読しながら読解」と情報処理プロセス

音読と読解の間には「随伴効果」(音読に集中すると読解も集中でき、逆に音読に集中できなければ読解もできないというもの)があると書きました。

この「音読をしながら読解をする」というマルチタスクにおける情報処理の仕組みは以下の通りです。

 

----(句の入力)----

① 貯蔵

視覚言語情報をワーキングメモリへ貯蔵。

② 変換

A:貯蔵した視覚言語情報を「意味情報」に変換。

B:貯蔵した視覚言語情報を「聴覚言語情報」に変換

③ 保持および出力

A:意味情報の保持

B:聴覚言語情報の出力

 

----(句の入力)----

④ 貯蔵

⑤ 変換

⑥ 保持および出力

これらのプロセスは前の句の意味情報を保持しながら行われる。

----(句の入力)----

⑦ 貯蔵

 

 

第3 集中しても読解ができない人 → 特異的言語障害

音読がスラスラとできるのに、その内容を理解できない人は、「脳内マルチタスク」の実行機能が無効化されている状態であるといえます。これは私が提唱するワーキングメモリ容量減少症候群の症状の1つである、特異的言語障害(SLI)である可能性が高いと私は考えます。

 

第4 「脳内マルチタスク」が使えない人の読解を手助けしている能力

「脳内マルチタスク」を実行できないとなれば、これまでの理論に従うと文を全く理解できないという結論に至ります。

しかし、実際のところ、まったく読解ができないというわけではありません。例えば、特異的言語障害の私の場合ですが、簡単な統語構造の文などの理解には問題がありませんし、難解な統語構造の文を入力した場合、部分的には理解しているのです。

このことの原因については、ほかの認知能力を用いた代償的認知機能(例えば追唱による意味理解など)が実行されていることが原因ではないかと考えています。

まだこれについては考えがまとまっていないので、まとまり次第報告します。

 

第5 (結論)音読教育の再定義:読解ではなく読みへの注意制御を目的

ここで、音読教育の根拠理論に振り返ってみましょう。

 

①音読をすると、読む行為に対する集中力が高くなる。 → 真

②読む行為に対する集中力が高ければ、読解ができる。 → 偽

③ゆえに、音読ができるならば、読解ができる。 → 偽

 

②および③の部分が偽であることをお判りいただけたでしょうか。

いわば子供に注意制御機能を身に着けさせるというのが、学校教育の使命といっても過言ではありません。子供の学業不振の原因の大多数は集中力の欠如でしょう。ゆえに音読教育には存在意義があります。

しかし、音読はあくまで「読む行為」への注意制御を促すための手段でしかありません。

 

読解の可否を決定づける要素は集中力の高さ以外にも以下のように存在しています。

・語彙、文法の理解度

・「脳内マルチタスク」を実行する機能

語彙や文法の理解については、それこそ一般教育のなかで教えていけばよいので問題は解決できるのですが、「脳内マルチタスク」を実行する機能に問題がある特異的言語障害(「ワーキングメモリ容量減少症候群」)を原因とする読解力欠如であれば、それは一般教育にとって「想定外」のことですので、太刀打ちできないでしょう。

臨床の現場でも、特異的言語障害はあまり認知されていないのが現状です。

この特異的言語障害に関する問題は別の記事で書くとしましょう。

不注意な精神障害:「ワーキングメモリ容量減少症候群」の紹介 (特異的言語障害など)

 

第1 序論 

「ワーキングメモリ容量減少症候群」とは、私が提唱している自作概念となる症候群です。現在の精神医学においては、特定不能の広汎性発達障害に含まれおり、具体的な精神障害として認知されていません。その特定不能の広汎性発達障害から「実行機能(ワーキングメモリ)の容量」という観点より抽出して形成された概念が、この「ワーキングメモリ容量減少症候群」です。

その本質は、現在定義されている概念を扱うならば、「実行機能の無効化」ではなく「実行機能の小容量化」であるため、精神障害の中では軽症の範囲に含まれると推測できます。しかし、世間一般どころか専門分野においても認知されていないこと、また「処世術」が提示されていないため、この精神障害がもたらす社会適応の困難さは独特のものであり、「内因性の適応障害」になる危険性を持っています。

そのため、この精神障害の存在を告知し、その病理を解明し、解決策を提示する必要性を感じたため、当ブログを通して発信することに決めました。

 

第2 「ワーキングメモリ容量減少症候群」の定義

「脳内マルチタスク」を実行する機能が無効化されているため、「連続する情報処理によって構成される認知行為」に困難が生じている状態を指す。

その原因は、ワーキングメモリの機能の一つである「注意の焦点」の狭小化である。

不注意症状が主な症状。しかしながら注意資源の供給に問題はなく、注意制御機能は十分であるため、ADHDとは異なる。ゆえに、衝動性は認められず、集中力も高い。

パソコンで例えるならば、メモリ容量が1gbしか搭載されていない状態である(すると、複数の動作を実行できない)。

早期癒合症、軽度三角頭蓋による前頭前野背外側部への圧迫などの異常によって引き起こされると想定される。

  

第3 概念説明:「注意の焦点」と「脳内マルチタスク

「注意の焦点」とは、ワーキングメモリ理論に付け加える形で、認知科学者ネルソンコーワン(Nelson Cowan)氏が提唱している、ワーキングメモリの機能に関する概念です。

その意味は、短期記憶容量とでもいうべきでしょうか。

人間が認知する際には、ワーキングメモリに情報を貯蔵します。次の新しい情報を貯蔵する際に、前に貯蔵した情報を忘却してはいけない場合(後述する連続する情報処理によって構成される認知行為)が存在します。そのためには保持をしなければなりません。

すると、保持をしながら貯蔵をするという行動様式となります。これはまるで脳内で行われるマルチタスクであることから「脳内マルチタスク」と定義づけました。

そして、情報の貯蔵時に保持可能な情報の最大個数というのが、「注意の焦点」の容量に該当するそうです。

 

以下の記事の中で脳内マルチタスクについて紹介しています。 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

第4 症状の現れ方について

1 ワーキングメモリ容量減少症候群の症状→「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」の困難

認知行為には以下の2種類が存在します。

・単独の情報処理で達成可能な認知行為

・連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為

「ワーキングメモリ容量減少症候群」の場合、「単独の情報処理で達成可能な認知行為」を実行するのは全く問題ありません。

しかし、保持をしながら貯蔵をするという「脳内マルチタスク」を実行できないため、それを必要とする、「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」の実行が困難です。

 

2 なぜ「症候群」か?

ワーキングメモリ容量減少症候群の「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」の実行の困難は、日常面における「不注意症状」だけでなく、言語面でも悪影響をおよぼします。特異的言語障害(SLI)や言語発達遅滞の原因の一つであると私は考えています。

 

3 症状①:不注意症状1「保持エラー」

日常生活で現れる問題というのが不注意症状です。

例えば、モノを紛失するというケースについて分析すると、以下のようになります。

通常であれば、手元に持っていたモノを手放した直後に、新しい別の情報の貯蔵をしたとしても、モノを置いた場所に関する情報が保持が同時が同時に行われるので、モノを紛失を防止できます。

一方で、ワーキングメモリ容量減少症候群の人は、モノを置いた場所に関する情報の保持をしないままに、新しい別の情報の貯蔵をしてしまいます。

要は、脳内マルチタスクのうち、新しい情報の貯蔵だけをしてしまった結果の保持エラーが、不注意症状に該当します。

 

4 症状②:不注意症状2「マルチタスクの困難」

注意の焦点が狭小化されていると、一つの認知行為に対する注意だけで注意の焦点が使われてしまうので、マルチタスクが困難です。

例えば、2つのマルチタスクを構成する認知行為のうち、一方が「連続する情報処理によって構成される認知行為」であるならば、それをするだけで手一杯になります。

一方で、両方が「単独の情報処理によって達成可能な認知行為」である場合は、マルチタスクが簡単です。 

例えば、自動車の運転をする際のマルチタスクは、すべて「単独の情報処理によって達成可能な認知行為」で構成されているため、問題ありません。

一方で、新聞を読みながらラジオを聞く行為は、新聞もラジオも文の読解という「連続する情報処理によって構成される認知行為」であるため、絶対に不可能です。

 

聖徳太子はすごいなあと思いますね。(同時に10人の話し相手になったという逸話)

 

5 症状③:特異的言語障害

注意の焦点の狭小化は、言語理解および運用に悪影響を与えます。

言語性知能に問題はない一方で、その処理が遅くなるためです。その原因は、本来「脳内マルチタスク」として処理するべき部分を継時処理しているためです。

統語構造が複雑な言語情報になるほど、言語の理解・運用に困難を感じます。

私は、これを特異的言語障害の真相であると考えています。

詳細は別の記事で扱います。

 

特徴は以下の通りです。

・リスニング能力のとぼしさ

・口下手(展望記憶)

・作文が苦手(書きたいことがあっても、構造を練られない)

・文章読解が苦手(言語能力が高くても)

 

これらの特徴に共通することは、句の運用及び理解ではなく、文の運用及び理解であることです。

 

6 症状③:言語発達遅滞

特異的言語障害の状態は、幼児期における言語能力発達においても悪影響を与えます。すると、言語性知能が高かったとしても、特異的言語障害の性質を持っていると、言語発達遅滞になる可能性が高くなると私は考えています。

 

第5 対策

「古い情報の保持」と「新しい情報の貯蔵」を同時に処理できない状態においては、これらのタスクを継時的に処理することを常日頃から意識することが、対策になります。

しかし、残念ながらそれは日常生活の範囲内での症状の緩和ができるだけで、言語面の問題を解決できません。

 

第6「ワーキングメモリ容量減少症候群」を引き起こすもの

これは私の場合ですが、早期癒合症による前頭前野背外側部(DLPFC)への圧迫が、ワーキングメモリ容量減少症候群を引き起こすと仮定しています。 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

 

第7 (結論)ワーキングメモリ容量減少症候群 = 「脳内マルチタスク」の実行機能の無効化状態

ワーキングメモリ容量減少症候群における問題点とは、「脳内マルチタスク」、すなわち古い情報の保持と新たな情報の貯蔵の同時処理が不可能になることで、社会適合に支障をきたすことです。

精神障害として認知されていない理由に、認知科学によって定義づけられている機能概念の無効化では説明できないことにあります。

それでは、精神障害を「機能の無効化」状態であるという論理に基づいて、ワーキングメモリ容量減少症候群を精神障害とみなすために、「脳内マルチタスク」(古い情報の保持と新たな情報の貯蔵の同時処理)を実行する行為を、実行機能の下位分類に該当する新たな脳機能として提唱します。

 

すると、ワーキングメモリ容量減少症候群とは「脳内マルチタスクの実行機能」の無効化状態といえます。

脳内で行われるマルチタスク:「脳内マルチタスク」の内容(文の認知と句の認知を比較)

 

第1 (まえがき)通常のマルチタスクと「脳内マルチタスク

以前の記事の中で、マルチタスクの考察をしました。

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

上の記事では、認知心理学で注目するべきマルチタスク概念には、通常のマルチタスクと「脳内マルチタスク」 の2種類が存在すると書きました。

 

・通常のマルチタスク:複数の情報処理(行為レベル)を同時に行うこと

「脳内マルチタスク」:自作概念。脳内で処理されるマルチタスク

 

「だから、その脳内で行われるマルチタスクってなんだよ?」

ってなりますよね。

 

そこで、今回の記事では、情報処理プロセス内の「脳内マルチタスク」に該当する部分を説明するとともに、それを必要とする認知行為の特徴、言語運用における「脳内マルチタスク」に該当する部分について紹介します。

 

第2 「脳内マルチタスク」の定義

 

 「脳内マルチタスク」とは、「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」を達成するために実行されるマルチタスクである。そのマルチタスクの内容は、すでにワーキングメモリに貯蔵された情報の保持、および新たな情報の貯蔵である。

単独の情報処理で達成可能な認知行為をする際は、これを実行する必要がない。

・目的:次の情報処理への移行を効率的に処理すること

・効果:「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」の処理にかかる時間の短縮化

 

第3 ワーキングメモリ内の情報処理(貯蔵と保持)について

認知の際のワーキングメモリの役割は、一言でいえば情報の保管場所の提供、および管理といったところでしょうか。

その役割については、以下のような言葉で表現できます。

・「貯蔵」:情報をワーキングメモリへ貯蔵すること

・「保持」:貯蔵された情報を忘却しないために、ワーキングメモリ内に保持すること

 

貯蔵および保持という情報処理プロセスは、この順番で継時に処理されます。

 

第4 言語情報の認知の際のワーキングメモリにおける情報処理(貯蔵と保持)

先に紹介したワーキングメモリにおける情報処理の流れを説明するために、例として言語情報の認知における情報処理を取り上げます。

注目してほしいのは、言語情報の種類です。

句の認知と文の認知の際の、ワーキングメモリでの情報処理プロセスをそれぞれ説明します。

 

1 句の認知の場合

言語情報を認知する際に、我々が利用する単位は「句」です。

その「句」の認知の際に、ワーキングメモリの中で「句」の情報がどのように扱われているのか、その構造を以下のように解析しました。

 

(表1) 句レベルの言語情報の認知プロセス

----(句の入力)----

① 貯蔵

言語情報をワーキングメモリへ貯蔵。

② 変換

貯蔵した言語情報を「意味情報」に変換。(変換の主体は感覚性言語中枢。ワーキングメモリではない。)

③ 保持

意味情報を保持する

----(終了)----

 

最後の保持は、本人の意思に関係なく自動的に行われます。この時の保持とは、いわば残存に近い意味合いを持っていると私は考えます。

 

2 文の認知の場合 

言語情報を認知する際の単位が「句」であることは、文の認知をする際にも同じことが言えます。

文は以下のような特徴を持っています。

・複数の句によって構成されている

・句の連続である

・意味情報だけでなく、統語構造も考慮しなければならない。

 

さて、言語情報の処理における最小単位を「句」とする人間が、以上のような特徴をもつ文を理解をするためには、句の情報処理を複数回行わなければなりません。

 

その「文」の認知の際に、ワーキングメモリの中で「句」の情報がどのように扱われているのか、その構造を以下のように解析しました。

 

(表2)文レベルの言語情報の認知プロセス

----(句の入力)----

① 貯蔵

② 変換

③ 保持

----(次の句の入力)----

④ 貯蔵

⑤ 変換

⑥ 保持

→ 前の句の意味情報を保持しながら、次の句の認知を行う

----(次の句の入力)----

    ・

    ・

    ・

 

するとどうでしょう。

④のプロセスから、「保持をしながら」という要素が入ってきます。すなわちこれが「脳内マルチタスク」です。

 

文を理解するためには、前の句の意味情報の保持と同時に、次の句の貯蔵をするというマルチタスクが必要になります。

そして、句の入力が終わったとき、保持していた意味情報を統合し、文の意味情報を創出して、文の認知行為を達成できたといえます。 

 

第5 脳内マルチタスクを必要とする認知行為 →「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」の意味

認知行為を、情報の統合処理を達成するための条件に含まれるか否かという観点で分類すると以下のようになります。

・「単独の情報処理によって達成可能な認知行為」

→例:句の理解、句の運用

・「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」 

→例:文の理解、文の運用

 

句の認知の説明の中で紹介しましたが、人間が言語を認知する際の基本単位が句であるので、句の認知は、貯蔵した句の意味情報を保持した段階で達成できたといえます。

一方で、文の認知を達成するためには、最終的には文を構成する句を統合しなければならないので、既に貯蔵した句の意味情報を保持しながら新たな句を貯蔵するという脳内マルチタスクを行う必要があります。

 

脳内マルチタスクが必要となる文の認知行為は、「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」と言い換えられます。

よって、脳内マルチタスクは「連続する複数の情報の統合処理によって達成可能な認知行為」を達成するために必要な能力になります。

 

言語情報の理解と脳内マルチタスクの関係についての考察は、以下の記事でより詳しく書きました。 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

  

第6 (持論)「ワーキングメモリの容量」が「脳内マルチタスク」の可否を決めるのではないか

本来、言語情報の認知における情報処理を表す表現である「貯蔵」や「保持」は継時に処理されるタスクとして解釈されています。しかし、それは単一の言語情報の認知プロセスに限定した場合であり、連続する複数の句で構成される文を認知するとなれば、「保持しながら貯蔵する」という「脳内マルチタスク」を実行する必要があります。

この時の「保持」と「貯蔵」は同じチャンクのものではありません

 

言語情報の認知における脳内マルチタスクの可否は、「ワーキングメモリの容量」によって規定されると考えます。

ワーキングメモリが大容量であれば、意味情報を保持する個数が多くなります。

一方でワーキングメモリが小容量になると、「脳内マルチタスク」の困難さにより、新たな情報を貯蔵するときに、すでに貯蔵されている情報の保持に困難が生じてしまうという「保持エラー」の問題が顕著になると私は考えます。

これによって発生する問題として、言語面では、ワーキングメモリとの関連が疑われる特異的言語障害、日常生活面においては不注意症状としてあらわれます。

これを私は「ワーキングメモリ容量減少症候群」という自作概念でまとめています。それの詳細については以下の記事をご覧ください。

 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

「不注意」を考察してみた(不注意優勢型ADHDとADD)

 

第1 記事の目的(「不注意」とは何か?)

不注意とは、「実行機能の無効化」による現象です。

「不注意性といえばADHDである」というような風潮が世間に存在するのは事実です。

ADHDの不注意性を再検討する目的は、ADHDではない不注意症状の存在を提示するためです。

そこで、まずはADHDで不注意性が現れる仕組みを考察する必要があります。

 

第2 (前置き)ADHDの症状とADHDのタイプ

1 ADHDの症状の特徴

ADHD注意欠陥多動性障害)は、神経伝達物質ドーパミン)の伝達過程上の異常によって引き起こされる障害です。DSM-5ではこれを神経発達障害のひとつとして分類しています。

ADHDの症状は行動障害や認知障害としてあらわれます。その特徴を表す言葉は以下の3種類の言葉が存在します。

・衝動性:実行機能が低下し、衝動の抑制が効かない状態

・多動性:上記の衝動性が行動として表れる頻度がより強い状態

・不注意性:実行機能が低下し、衝動により注意を制御できない状態

それぞれの症状の特徴に言葉が当てられていますが、精神医学による症状の鑑別の便宜を図るために作られた概念といっても過言ではありません。

厳密に言えば、ADHDの全症状の原因は実行機能の低下による「衝動性」です。

 

2 ADHDの種類

ADHDの当事者の行動として表れる上記の3種類の症状の強弱有無は、千差万別です。そこで、強く表れている症状という尺度によって、ADHDをさらに以下の3タイプに分類できます。

・多動性および衝動性優勢型ADHD:多動性が比較的強いADHD

・不注意優勢型ADHD:多動性を除いた衝動性および不注意性が強いADHD

・混合型ADHD:すべての症状が強いADHD

 

第3 ADHDの不注意性についての考察

1 ADHDの3つの症状の関係

この3つの言葉が示す内容の関係を表した図式は以下の通りです。

 

・「衝動性」≒「多動性」

多動性症状が認められる状態は、先天的な器質として持つ衝動性が行動として表れる頻度が多くなった状態を意味します。

実行機能が低下によるものです。すなわち、当事者の観点で説明すれば、抑制機能(=実行機能)の低下により顕現した衝動性の存在によって、注意制御を低下された結果の「心理状態」を、不注意性と評価します。

 

・「不注意性」=「衝動性」(ただしADHDに限る)

結局のところ、「抑制機能」と「注意制御機能」は、実行機能の側面を説明するために便宜的に使われている言葉であり、結局のところ深層構造的な意味として示すところが「実行機能」であることには変わりありません。

ゆえに、ADHDの「不注意性」と「衝動性」の関係も上記と同じく、注意制御機能の低下の結果現れる不注意性と、抑制機能の低下の結果現れる衝動性の間には、以下のような因果関係が成立します。

「衝動的ならば、不注意的である」

 

2  ADHDの絶対条件である「衝動性」

衝動性がないADHDというのは存在しません。具体的には、「衝動性→×、多動性→〇」というのは普通に考えてあり得ませんし、「衝動性→×、不注意性→〇」というのも、ADHDの定義上あり得ません。

 

第4 不注意優勢型ADHDについて

1 不注意優勢型ADHDの「不注意症状」は衝動性由来

不注意優勢型ADHDで強く表れている不注意症状の原因とは、ほかのADHD類型と同じく、実行機能が低下したことです。すなわち、当事者の観点で説明すれば、抑制機能(=実行機能)の低下により顕現した衝動性の存在によって、注意制御を低下された結果の「心理状態」を、不注意性と評価します。

つまり、不注意優勢型ADHDとはいっても、不注意性だけでなく衝動性も強く存在しているということになります。多動性については、あくまで目立たない状態、というように解釈したほうが良いみたいです。

 

2 「注意欠陥障害(ADD)」=「不注意優勢型ADHD

「ADD(注意欠陥障害)」という名称についての説明記事を引用します。

ADDという診断名が登場したのは『DSM-Ⅲ』が出版された1980年です。それまでは、子どもの多動性のみが主に取り上げられていましたが、この改訂では「注意の持続と衝動性の制御の欠如」にも焦点が当てられました。その結果、ADD(注意欠陥障害)という障害概念が導入されました。

その後、1987年に改訂された『DSM-Ⅲ-R』では、再び多動性の影響力が重視され「ADHD(注意欠陥障害,多動を伴う/多動を伴わない)」という分類名になりました。この改訂から不注意、多動、衝動性の3つが診断基準になったのです。*1

 「注意欠陥症状」とは、多動症状が目立たないために「多動」という文字を抜き取って出来上がった名前と解釈するのが正しいわけですね。そして注意欠陥障害は不注意優勢型ADHDの旧称であるということ。すなわち注意欠陥障害という名前が示すものは、不注意優勢型ADHDと同一です。

 

第4 不注意症状だけの精神障害は、「認知」されていない

ここで疑問点があります。

衝動性由来ではない不注意症状を主訴とする精神症状は、定義されているのでしょうか?

答えは、NOです。

しかし、存在します。

厳密に言えば「特定不能の広汎性発達障害(PDD-NOS)」や神経症性障害みたいな診断名がつきます。要するに「正体不明」扱いで、さじを投げられたも同然の状態です、残念ながら。

 

第5 結論

これまでの内容を箇条書きにまとめると、以下のようになります。

・衝動性は、ADHDの絶対条件である。

ADHDの不注意性は、衝動性の結果である。

・「不注意優勢型ADHD」と「注意欠陥障害(ADD)」という表現は同じものを指す。

・不注意優勢型ADHDとは、多動性が比較的目立たないだけで、衝動性および不注意性が認められるADHDのタイプである。

・不注意性だけの発達障害概念は存在しない

 

第5 (問題提起)「ワーキングメモリ容量減少症候群」という新たな精神障害の概念の提唱

 

同じ不注意障害でも、ADHDとは異なる精神障害として、私が提唱しているのが「ワーキングメモリ容量減少症候群」というものです。

詳細は下のリンク先の記事のなかで書きました。

 

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

ワーキングメモリとマルチタスクの関係についての持論  

 

第1 マルチタスクとワーキングメモリの関係を考察する理由

マルチタスクとは、

複数の情報処理を同時に行う

といえます。

この記事を作ったきっかけというのが、連続する言語情報の認知プロセスのなかに

「これってマルチタスクじゃないのか?」

というような部分を見つけたことです。

しかしその部分は、通常私たちが使用しているマルチタスクとは性質が全く異なるのです。なので、これは分類する必要があるな、と私は考えました。

それに、ワーキングメモリという器官が脳内に存在するからこそ、人間はマルチタスクができ、高度の認知活動を獲得するという結果に至ったことを考えると、ワーキングメモリとマルチタスクの関係も興味深いと私は考えました。

 

そこで、今回はマルチタスクの分類と、それぞれのマルチタスクとワーキングメモリの関係について考察してみようと思います。

 

第2 マルチタスクの種類 

マルチタスク」ということばは、認知心理学における学術的用語としては見かけません。学術的には、脳に備わっている実行機能(遂行機能)がもたらした産物の一つとしてマルチタスクの存在を理解しているといった具合でしょうか。

2 通常のマルチタスク

通常のマルチタスクは、同時に行われている対象の単位が情報処理であるものと定義します。

例えば

「音楽を聴きながら勉強をする」

というような、2つの「行為」の同時進行です。

行為をするという枠組みで分類できるのが、通常のマルチタスクです。

 

3 「脳内マルチタスク

実は脳内でもマルチタスクが行われていると、私は解釈しています。

これは脳内で行われるマルチタスク処理能力なので、私はこれを「脳内マルチタスク」と名付けました。

 

これは「行為」を達成するために、情報処理過程で実行される「マルチタスク」といえます。ただ、すべての行為が「脳内マルチタスク」を必要としているわけではありません。

 

では、何を同時に処理しているのか?

それは、ワーキングメモリ内における「貯蔵した情報の保持」と「新たな情報の貯蔵」です。

その目的を簡単に説明すると、連続する情報を上手に処理することであるといえます。

脳内マルチタスクに関する詳細は、以下の記事で紹介しています。

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

 

脳内マルチタスクを実行する能力が必要な場合とは、「連続する複数の情報処理によって構成される行為」をするときです。

一方で「単独の情報処理によって構成される行為」は、脳内マルチタスクが含まれません。

 

言語情報の認知で例えるならば、「文」という言語情報の認知行為は前者に該当し、一方の「句」という言語情報の認知行為です。

 

「脳内マルチタスク」は我々自身がその存在を知覚できるものではありません。なぜなら、それを無意識に行使できるようにように人間の脳は基本的に作られているからです。いわば、「器官」のようなものです。

 



  

第3 マルチタスクとワーキングメモリの関係

マルチタスクというのは脳に備わっている実行機能(遂行機能)による産物であることは、前に説明したとおりです。

その実行機能に関する概念である、Alan Baddeleyが提唱した中央実行系(ワーキングメモリ)と、マルチタスクとの間の関係関する仮説を私は以下のように立ててみました。

・通常のマルチタスクの成績は、実行機能(注意制御機能)の有無に依存する

・「脳内マルチタスク」の成績は、「注意の焦点の大きさ」、すなわち「ワーキングメモリの容量」に依存する。

ブログ紹介、および新年の抱負

お題「ブログ名・ハンドル名の由来」

今月で、このブログを開設してからおよそ半年たちました。記事数は少ないもののブログに割いている時間は多めだったためか、時間がとても速く過ぎたなと感じています。

ブログで書きたかった事柄を一通り、駄文ながら記事として書いていく形で消化できたので、自分の頭のなかで錯綜していた情報の整理がだいぶできました。新年を目前に控えているということもありますので、ブログの紹介や、これからこのブログが目的とするべきことを書いていこうと思います。

 

 

第1 ブログのタイトルについて

ブログタイトルの「封印されしアタマの中より」というのは、私の「脳みそ」の状態を意味しています。

私の頭蓋骨は、早期癒合症による変形頭蓋骨(軽度な三角および舟状頭蓋)です。この頭蓋骨によって、ある機能が封印されている状態なのです。

では、なにが封印されているのかを具体的に説明しますと、大脳新皮質にある前頭前野背外側部(DLPFC)です。この部位の役割を簡潔に申しますと、いわゆる「ワーキングメモリ」です。ただ、この「封印」は、ワーキングメモリの機能低下を引き起こしているのではなく、どうやらワーキングメモリの容量不足を引き起こしているだろう、というのが私の見解です。

上記のような、前頭前野背外側部が担うワーキングメモリの容量が「封印」されている人間が発信する記事ということで、上記のようなブログタイトルにしました。

 

第2 ブログを開設するに至ったきっかけ

1 早期癒合症の当事者である私の症状

先に紹介した早期癒合症が引き起こす問題が外見(特に髪型)上の問題だけなら、わざわざブログを開設するようなたいしたことにはなりません。実際、早期癒合症によって引き起こされたの考えられる二次障害は、日常生活に影響を与えるものばかりです。

まず、私が抱える、早期癒合症による「ワーキングメモリの容量不足」が原因と思われる以下の神経症は以下の通りです。

・特異的言語障害(読み、書き、聞きに困難、語彙には影響なし)

・注意欠陥症状

離人症性障害

 

次に私の身体症状のなかで、早期癒合症との関連性が報告されているものは以下の通りです。

・潜伏性内斜視(開散麻痺)

・嘔吐(非びらん性胃食道逆流症?)

 

2 症状の「あいまい性」

あいまい性というのは、原因が不明であり、かつ症状が日常生活に支障をきたさない程度のものであるという意味です。このため、医学は根治療法ではなく対症療法をするしかありません。

上記の精神症状は、神経症や「特定不能の広汎性発達障害(PDD-NOS)」といった、分類上あいまいなもので、精神医学では相手にする必要がないと考えられています。おそらくこれらの症状が出るまでのメカニズムは多種多様で、精神疾患の中では比較的、症状が軽いからでしょう。

身体症状も同様で、斜視(なかでも開散麻痺)が発生するまでのメカニズムははっきりと解明されていませんし、また、非びらん性胃食道逆流症も原因不明です。

 

3 軽度三角頭蓋(「大人の早期癒合症」)の存在を啓発する必要性

しかし、いろいろ調べてみますと、これらの症状が早期癒合症によって引き起こされている可能性を病理学的に導き出せるという結論に至りました。

軽度三角頭蓋の手術の是非を問う議論は、割と最近になって行われたばかりですが、軽度三角頭蓋のほうは昨今に発生したものであるわけがありません。つまり、自身が三角頭蓋であることを知らない成人が存在するはずではないでしょうか。

「ワーキングメモリの容量」というのは、生き方によっては必要がないかもしれません。しかし、現代社会は肉体労働から頭脳労働にシフトされているので、「ワーキングメモリ容量の容量が高い」状態に越したことはありません。

すなわち、ワーキングメモリの容量に障害をきたすような状態であると、社会生活を営めず、そのうえそれがもたらす性質から社会的に殺されます。

以上のことをふまえると、やはり啓発活動をする必要性が十分にあると私は考えました。その手段として、匿名ですがブログを採用しました。

 

第3 当ブログの目的

このブログを通して発信したい事柄の内容を、以下に要約しました。

 

 

1 ワーキングメモリの「容量」概念の提唱

① 「注意の焦点の広さ」という概念の重要性の再認識が必要である

「注意の焦点」という概念の重要性を再認識することは、先の実行機能障害の分類だけでなく、認知心理学による言語情報認知プロセスの分析をするうえでも重要であると私は考えています。

「注意の焦点」という概念はもともと、心理学者のNelson Cowan(以下コーワン)が言語情報認知プロセスにおけるワーキングメモリの役割を説明する際に使用している言葉です。

しかし、ワーキングメモリが小容量となっている私自身だから感じることですが、ワーキングメモリの容量が決定づける「注意の焦点」の広さは言語情報認知だけでなく、日常生活においても強い関わりのある概念であると考えています。

なぜならば、注意の焦点の広さは、認知プロセス上のマルチタスクの可否を決定づけるからです。

 

② マルチタスクの可否を決定するワーキングメモリの「容量」

そこで私は、コーワンが提唱する「注意の焦点」という概念を別の形で表現するために、Alan Baddeleyの提唱した概念である「ワーキングメモリ」を派生させて、「ワーキングメモリ容量」という概念を作ってみました(私以前より存在しているかもしれませんが)。これは、現実に存在するパソコンのメモリ容量という概念をワーキングメモリに導入したものになります。

 

2 実行機能障害のさらなる分類(ADHDとADDの相違)

実行機能(ワーキングメモリ)が障害されている状態を、注意欠如多動性障害(ADHD)といいます。実行機能とは抑制機能や注意制御機能の総称であり、これらの機能が低下することによって、行動に注意欠如性、衝動性が発展した多動性が目立つことで、ADHDになるわけです。

先に結論を言えば、ADHDとADD(衝動性がない注意欠陥症状)は、発生要因が全く異なると考えています。

ADHDの原因はドーパミン仮説が示す内容の通りです。これに対して、ADDのほうはいわゆる「注意の焦点」が狭いことによるものだと考えています。

 

そこで私は実行機能障害を以下のように分類する必要があると考えています。

・ワーキングメモリが機能不全をおこしている状態(ADHD

・ワーキングメモリが十分機能しているが、注意の焦点が狭くなっている状態(ADD)

 

3 軽度三角頭蓋の手術の是非をめぐる論争の解決策の提示

このブログのメインテーマといえる部分です。早期癒合症のなかでも軽度な部類に位置する軽度三角頭蓋は、手術の是非を問う論争の火種となっています。しかし、この論争はまっとうな方向に進んでいないと私は考えています。

この論争に関わっている団体は、早期癒合症の執刀医となる脳神経外科や、自閉症協会や日本児童青年精神医学会に挙げられる精神科のみです。そのためか、軽度三角頭蓋が原因であると報告されている神経症状を正確に解析できない状況で止まっています。

この議論を進展させるためには、認知科学(認知脳科学認知心理学)が介入する必要があると考えています。認知科学の研究対象は精神医学より先進的であるので、DSM-5によって定義されていないような未知なる神経症の解析ができます。

つまり、軽度三角頭蓋が引き起こしている、実行機能障害である以外なにものでもない神経症状を解析する主体として、認知科学が最もふさわしいと私は考えています。

認知心理学と軽度三角頭蓋の議論の関係の創出につなげたいと考えております。

 

参考記事はこちら↓

atama-psycho-linguistics.hatenablog.jp

  

他にも提唱したいことは、言語についてなどを含めたくさんありますが、主に主張したいことの提示のみで締めます。

 

第4 当ブログで扱う題材

「認知」とは、人が外部から獲得した情報を処理するプロセス、および人が外部へ情報を発信するために情報を処理するプロセスを意味します。知覚とは異なり、人間の知的生産活動を経由するのが、認知の特徴です。この認知を科学する学問体系が、認知科学です。

現在私は認知科学を学習しており、学会員としても活動しています。とくに認知心理学認知言語学、心理言語学を利用しながら実行機能を中心に諸現象を考察するのが、好きなのです。

基本的には認知科学の概念を使用しながら書いていきますが、もちろん異なる領域、例えば精神分析や言語類型論といった分野をテーマにした近々触れる予定です。それだけでなくほかの学問、例えば言語哲学、音楽といったものにも興味があるので、考えがまとまり次第投稿いたします。